藤井真

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藤井真の紹介

藤井真  牧師(休職中)

藤井真ふじいしん

牧師(休職中)

1981年 静岡県静岡市に生まれる
2004年 京都産業大学文化学部国際文化学科卒業
2004年 神戸改革派神学校入学
2007年 神戸改革派神学校卒業
2007年~ 堺みくに教会の牧師

【趣味】
料理、読書、スポーツジム

藤井真の担当した放送(日付順)

閉じこもるわたしの中に

ヨハネによる福音書 20章19節その日、すなわち週の初めの日の夕方、弟子たちはユダヤ人を恐れて、自分たちのいる家の戸に鍵をかけていた。そこへ、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。

生涯の日を正しく数える

詩編 90編12節生涯の日を正しく数えるように教えてください。知恵ある心を得ることができますように。

もう泣かなくともよい

ルカによる福音書 7章13~15節主はこの母親を見て、憐れに思い、「もう泣かなくともよい」と言われた。そして、近づいて棺に手を触れられると、担いでいる人たちは立ち止まった。イエスは、「若者よ、あなたに言う。起きなさい」と言われた。すると、死人は起き上がってものを言い始めた。イエスは息子をその母親にお返しになった。

しかし、勇気を出しなさい

ヨハネによる福音書 16章33節「あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている。」

静かにささやく声

列王記上 19章11~13節主は、「そこを出て、山の中で主の前に立ちなさい」と言われた。見よ、そのとき主が通り過ぎて行かれた。主の御前には非常に激しい風が起こり、山を裂き、岩を砕いた。しかし、風の中に主はおられなかった。風の後に地震が起こった。しかし、地震の中にも主はおられなかった。地震の後に火が起こった。しかし、火の中にも主はおられなかった。火の後に、静かにささやく声が聞こえた。 それを聞くと、エリヤは外套で顔を覆い、出て来て、洞穴の入り口に立った。そのとき、声はエリヤにこう告げた。「エリヤよ、ここで何をしているのか。」

静かにしていなさい

出エジプト記 14章13~14節モーセは民に答えた。「恐れてはならない。落ち着いて、今日、あなたたちのために行われる主の救いを見なさい。あなたたちは今日、エジプト人を見ているが、もう二度と、永久に彼らを見ることはない。主があなたたちのために戦われる。あなたたちは静かにしていなさい。」

キリストのまなざし

ルカによる福音書 19章5節イエスはその場所に来ると、上を見上げて言われた。「ザアカイ、急いで降りて来なさい。今日は、ぜひあなたの家に泊まりたい。」

私の人生を記録してくださる神

詩編 139編16節胎児であったわたしをあなたの目は見ておられた。わたしの日々はあなたの書にすべて記されている。まだその一日も造られないうちから。

神様が奏でる音

詩編 40編4節わたしの口に新しい歌を、わたしたちの神への賛美を授けてくださった。

ここでしか聞こえない音

詩編 84編6~7節いかに幸いなことでしょう。あなたによって勇気を出し、心に広い道を見ている人は。嘆きの谷を通るときも、そこを泉とするでしょう。雨も降り、祝福で覆ってくれるでしょう。

最後に何を味わいますか

ペトロの手紙一 2章1~4節だから、悪意、偽り、偽善、ねたみ、悪口をみな捨て去って、生まれたばかりの乳飲み子のように、混じりけのない霊の乳を慕い求めなさい。これを飲んで成長し、救われるようになるためです。あなたがたは、主が恵み深い方だということを味わいました。 この主のもとに来なさい。

何を味わって生きていますか

ペトロの手紙一 2章1~4節だから、悪意、偽り、偽善、ねたみ、悪口をみな捨て去って、生まれたばかりの乳飲み子のように、混じりけのない霊の乳を慕い求めなさい。これを飲んで成長し、救われるようになるためです。あなたがたは、主が恵み深い方だということを味わいました。この主のもとに来なさい。

ハイジとキリスト教信仰その②悪を善に変えてくださる神様

創世記 50章19~20節ヨセフは兄たちに言った。「恐れることはありません。わたしが神に代わることができましょうか。あなたがたはわたしに悪をたくらみましたが、神はそれを善に変え、多くの民の命を救うために、今日のようにしてくださったのです。」

ハイジとキリスト教その①ハイジの祈り

マタイによる福音書 7章9~11節「あなたがたのだれが、パンを欲しがる自分の子供に、石を与えるだろうか。魚を欲しがるのに、蛇を与えるだろうか。このように、あなたがたは悪い者でありながらも、自分の子供には良い物を与えることを知っている。まして、あなたがたの天の父は、求める者に良い物をくださるにちがいない。」

たとえ夢が叶わなくても

ローマの信徒への手紙 14章7~9節わたしたちの中には、だれ一人自分のために生きる人はなく、だれ一人自分のために死ぬ人もいません。わたしたちは、生きるとすれば主のために生き、死ぬとすれば主のために死ぬのです。従って、生きるにしても、死ぬにしても、わたしたちは主のものです。キリストが死に、そして生きたのは、死んだ人にも生きている人にも主となられるためです。

本当の自分を知っていますか?

イザヤ書 43章4節わたしの目にあなたは価高く、貴く、わたしはあなたを愛し、あなたの身代わりとして人を与え、国々をあなたの魂の代わりとする。

すべてが益になる恵み

ローマの信徒への手紙 8章28節神を愛する者たち、つまり、御計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています。

驚くべき恵みがあなたにも

エフェソの信徒への手紙 2章5節罪のために死んでいたわたしたちをキリストと共に生かし、―あなたがたの救われたのは恵みによるのです―

大切なものは目に見えない

ヨハネによる福音書 9章6~7節こう言ってから、イエスは地面に唾をし、唾で土をこねてその人の目にお塗りになった。そして、「シロアム――『遣わされた者』という意味――の池に行って洗いなさい」と言われた。そこで、彼は行って洗い、目が見えるようになって、帰って来た。

ぞうきんのように

ヨハネによる福音書 13章4~5節食事の席から立ち上がって上着を脱ぎ、手ぬぐいを取って腰にまとわれた。それから、たらいに水をくんで弟子たちの足を洗い、腰にまとった手ぬぐいでふき始められた。

神とあなたが出会う場所

箴言 16章9節人間の心は自分の道を計画する。 主が一歩一歩を備えてくださる。

あなたに伝えたい最も大切なこと

コリントの信徒への手紙一 15章3~5節最も大切なこととしてわたしがあなたがたに伝えたのは、わたしも受けたものです。すなわち、キリストが、聖書に書いてあるとおりわたしたちの罪のために死んだこと、葬られたこと、また、聖書に書いてあるとおり三日目に復活したこと、ケファに現れ、その後十二人に現れたことです。

たとえ小さな者でも

マタイによる福音書 18章14節これらの小さな者が一人でも滅びることは、あなたがたの天の父の御心ではない。

たとえすべてを忘れても

マタイによる福音書 1章23節「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」この名は、「神は我々と共におられる」という意味である。

立ち直って生きられる

ルカによる福音書 22章32節しかし、わたしはあなたのために、信仰が無くならないように祈った。だから、あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。

神さまからの応え

コリントの信徒への手紙二 12章9節すると主は、「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」と言われました。だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。

キリスト者から見た『家政婦のミタ』②神が与える微笑み

ヨハネの黙示録 21章3~4節そのとき、わたしは玉座から語りかける大きな声を聞いた。「見よ、神の幕屋が人の間にあって、神が人と共に住み、人は神の民となる。神は自ら人と共にいて、その神となり、彼らの目の涙をことごとくぬぐい取ってくださる。もはや死はなく、もはや悲しみも嘆きも労苦もない。最初のものは過ぎ去ったからである。」

キリスト者から見た『家政婦のミタ』①愛に怖れはない!?

ヨハネの手紙一 4章18節愛には恐れがない。完全な愛は恐れを締め出します。

しあわせを見つける旅へ

創世記 3章8~9節その日、風の吹くころ、主なる神が園の中を歩く音が聞こえてきた。アダムと女が、主なる神の顔を避けて、園の木の間に隠れると、主なる神はアダムを呼ばれた。「どこにいるのか。」

希望の星はあなたの上に

マタイによる福音書 2章9~10節彼らが王の言葉を聞いて出かけると、東方で見た星が先立って進み、ついに幼子のいる場所の上に止まった。学者たちはその星を見て喜びにあふれた。

転車台の上に

ローマの信徒への手紙 12章1~2節こういうわけで、兄弟たち、神の憐れみによってあなたがたに勧めます。自分の体を神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げなさい。これこそ、あなたがたのなすべき礼拝です。あなたがたはこの世に倣ってはなりません。むしろ、心を新たにして自分を変えていただき、何が神の御心であるか、何が善いことで、神に喜ばれ、また完全なことであるかをわきまえるようになりなさい。

たった一つの願い

詩編 27編4節ひとつのことを主に願い、それだけを求めよう 命のある限り、主の家に宿り 主を仰ぎ望んで 喜びを得 その宮で朝を迎えることを

母の胎にある前から

エレミヤ書 1章5節わたしはあなたを母の胎内に造る前から あなたを知っていた。母の胎から生まれる前に わたしはあなたを聖別し 諸国民の預言者として立てた。

神様からのたまもの

マタイによる福音書 5章4節悲しむ人々は、幸いである、その人たちは慰められる。

いつまでも残るもの

コリントの信徒への手紙一 13章13節信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である。

今は見える

ヨハネによる福音書 9章1~3節さて、イエスは通りすがりに、生まれつき目の見えない人を見かけられた。弟子たちがイエスに尋ねた。 「ラビ、この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。本人ですか。それとも、両親ですか。」 イエスはお答えになった。 「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである。

野に咲く花のように

マタイによる福音書 6章27~29節だから、言っておく。自分の命のことで何を食べようか何を飲もうかと、また自分の体のことで何を着ようかと思い悩むな。命は食べ物よりも大切であり、体は衣服よりも大切ではないか。

いのちの深呼吸

ヨハネによる福音書 20章21~22節イエスは重ねて言われた。「あなたがたに平和があるように。父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす。」そう言ってから、彼らに息を吹きかけて言われた。「聖霊を受けなさい・・・。」

私を変えた十字架

マルコによる福音書 15章21節そこへ、アレクサンドロとルフォスとの父でシモンというキレネ人が、田舎から出て来て通りかかったので、兵士たちはイエスの十字架を無理に担がせた。

今、ここにあるわたし

出エジプト記 3章14節わたしはある。わたしはあるという者だ。

後のものを忘れ 前へ!

フィリピの信徒への手紙 3章13~14節なすべきことはただ一つ、後ろのものを忘れ、前のものに全身を向けつつ、神がキリスト・イエスによって上へ召して、お与えになる賞を得るために、目標を目指してひたすら走ることです。

喜びの音色

マルコによる福音書 1章14~15節ヨハネが捕らえられた後、イエスはガリラヤへ行き、神の福音を宣べ伝えて、「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と言われた。

ここは広い場所

創世記 26章22節イサクはそこから移って、更にもう一つの井戸を掘り当てた。それについては、もはや争いは起こらなかった。イサクは、その井戸をレホボト(広い場所)と名付け、「今や、主は我々の繁栄のために広い場所をお与えになった」と言った。

いのちにまさる恵み

詩編 63編4節あなたの慈しみは命にもまさる恵み。 わたしの唇はあなたをほめたたえます。

開かれた手で

ルカによる福音書 11章1節イエスはある所で祈っておられた。祈りが終わると、弟子の一人がイエスに、「主よ、ヨハネが弟子たちに教えたように、わたしたちにも祈りを教えてください」と言った。

あなたの美しさ

マルコによる福音書 14章6~8節イエスは言われた。「するままにさせておきなさい。なぜ、この人を困らせるのか。わたしに良いことをしてくれたのだ。・・・この人はできるかぎりのことをした。つまり、前もってわたしの体に香油を注ぎ、埋葬の準備をしてくれた。」

あなたを忘れない

イザヤ書 49章14~16節前半シオンは言う。主はわたしを見捨てられた/わたしの主はわたしを忘れられた、と。女が自分の乳飲み子を忘れるであろうか。母親が自分の産んだ子を憐れまないであろうか。たとえ、女たちが忘れようとも/わたしがあなたを忘れることは決してない。見よ、わたしはあなたを/わたしの手のひらに刻みつける。

大きい信仰

マタイによる福音書 15章27~28節女は言った。「主よ、ごもっともです。しかし、小犬も主人の食卓から落ちるパン屑はいただくのです。」そこで、イエスはお答えになった。「婦人よ、あなたの信仰は立派だ。あなたの願いどおりになるように。」そのとき、娘の病気はいやされた。

信仰のないわたしでも

マルコによる福音書 9章23~24節イエスは言われた。「『できれば』と言うか。信じる者には何でもできる。」その子の父親はすぐに叫んだ。「信じます。信仰のないわたしをお助けください。

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