ひとことで救われる

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聖書の言葉

そして、子供の手を取って、「タリタ、クム」と言われた。これは、「少女よ、わたしはあなたに言う。起きなさい」という意味である。

新約聖書 マルコによる福音書 5章41節

藤井真によるメッセージ

新しい一年が始まっています。今年はどのような一年になるのでしょうか。どのような出来事が起こるのでしょうか。私たちには分からないことがたくさんあります。予期せぬ知らせが急に飛び込んで来るということもあるでしょう。嬉しい知らせだけならいいのですが…

ユダヤ人の会堂を管理していたヤイロという人がいました。彼には12歳になる娘がいます。

もうすぐ大人になって、さあ、これからという年齢です。しかし、その娘が病気か何かで、今にも死にそうになっていました。ヤイロはイエス様のもとに行き、娘を救ってくれるようにお願いします。イエス様はヤイロの願いを聞いてくださり、娘のいのちを救うために、彼と一緒に歩き出してくださいました。

しかし、そこに思いがけない知らせが飛び込んで来ます。それも、一番聞きたくない知らせ、一番悲しい知らせが飛び込んで来るのです。「お嬢さんは亡くなりました」という知らせです。私たちにとっても同じではないでしょうか。毎日、色んなニュースを聞いていますが、「愛する者が死んだ」という知らせほど悲しく、辛い知らせはありません。しかし、私たちの人生において、そのような悲しい知らせを聞かなければいけないことがあります。あるいは、ヤイロのように「もう遅すぎた」「間に合わなかった」という事態に直面することがあるのではないでしょうか。

愛する者が亡くなったということほど最悪なことはありません。死という現実を前にして、人はどれだけ嘆き悲しんだとしても、それを覆すことはできないのです。しかし、イエス・キリストというお方は、死をはじめ、どのような悲しみの知らせが飛び込んで来たとしても、それを受け止めてくださると同時に、聞き流すことがおできになるのです。「聞かなかったことにしたい」と言って、耳を塞ぐのではなくて、死の力に立ち向かい、勝利してくださるのです。

イエス様は、ヤイロの家に到着し、娘がいる部屋に向かいます。周りの人々はヤイロの娘の死を悲しみ、大きな声で泣き騒いでいます。人は愛する者の死を前にして、静かにすることなどできません。泣くことしかできないのです。しかし、イエス様はそこでおっしゃいました。「なぜ、泣き騒ぐのか。子供は死んだのではない。眠っているのだ。」(マルコ7:39)私たちも人が死んだことを「眠り」と表現することがあります。「永眠…歳」と言うこともあります。「この人は死んだのではない。眠りであってほしい」という人間の願いがここにはあります。しかし、どこかでちゃんと分かっているのです。安らかに眠っているように見えるけれども、人は死んだら、絶対に目を覚ますことがないということを…。

しかし、イエス様にとって、死はひと時の眠りに過ぎません。イエス様が声を掛けてくださるならば、人は死んでも生きるのです。イエス様はヤイロの娘に向かって、「タリタ、クム」とおっしゃいました。これは魔法の言葉でも、何かの呪文でもありません。イエス様が普段話されていたアラム語です。「タリタ、クム」、それは、「少女よ、わたしはあなたに言う。起きなさい」という意味があります。「タリタ、クム」、このイエス様の力強い言葉を聞いたヤイロの娘は、すぐに起き上がりました。つまり、目を覚まし、甦ったのです。

「タリタ、クム」という言葉は、後の教会においても愛される言葉の一つとなりました。「タリタ、クム」というイエス様の言葉は、この私に向けて語られている言葉でもあるということを、教会の人々は信じたのです。私たちの罪を背負い、十字架で死んでくださり、三日目に復活してくださったイエス様が、この私にも「起きなさい」と、愛と赦しをもって語り掛けてくださった。ここに私の救いがあり、希望がある。「タリタ、クム」「少女よ、わたしは言う、起きなさい」、この死に打ち勝ったイエス様のいのち言葉、その肉声をそのまま聖書に書き留めたのです。「タリタ、クム!」

今年も色んな出来事が起こることでしょう。色んなニュースが飛び込んで来るでしょう。私たちの力では受け止め切ることのできない、大きな出来事が起こるかもしれません。そして、もしかしたら、自分自身がこの世でのいのちを終える時、つまり、死を迎えるということもあるかもしれません。しかし、イエス様を「私の救い主」と信じている人たちは確信しているのです。地上の最後の時、つまり、死を迎える時、はっきりとイエス様から聞くことができる言葉があることを。それは「ご臨終です」という言葉ではありません。「タリタ、クム」「起きなさい」といういのちの言葉を聞いて眠りにつくことができるのです。やがて、イエス様が再び来られる時、イエス様のお言葉どおり、私たちは甦ります。「タリタ、クム」「起きなさい、甦りの朝だよ!」その声を聞いて、新しいいのちに目覚めます。

また、イエス様はこのようにも約束してくださいます。「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない。このことを信じるか。」(ヨハネ11:25-26)「恐れることはない。ただ信じなさい。」(マルコ5:36)

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