『恐れ』に打ち勝つ

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聖書の言葉

「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない」

新約聖書 マタイによる福音書 14章27節

常石召一によるメッセージ

私が所属する教派では、毎年夏に小学生のためのキャンプを実施しています。そこには、普段は教会に来ていない子ども達も参加してくれます。そして皆で一緒にイエス様の話を聞き、讃美歌を歌ったりお祈りをし、思いっきり遊びます。それは子供達にとって貴重な、そして大切な体験だと考えています。

ところが今年はキャンプの10日前に大雨が降り、宿泊予定の施設の上水道が使えなくなってしまいました。施設の方からは、「復旧のために最善の努力はするけれども、施設を再開できる保証はない」と言われました。キャンプが中止になれば子供達がどれほどがっかりすることかと思い、また年に一度の大切な機会が失われることを心配しました。

けれども工事の担当者や施設の方々の努力、また皆様のお祈りのお陰で、ギリギリで水道が復旧し、無事に開催することが出来ました。

ところで、子供たちはお化け屋敷ごっこや怖い話が大好きです。それを楽しみにキャンプに来るという子もいました。けれどもイエス様のことを知るために集まっているのに、お化けや幽霊といった実在するのかしないのか分からないものを怖がったり、楽しんだりするのはおかしな話です。それで「お化け屋敷や怖い話は禁止」としました。案の定、子ども達からは「なんでダメなん~?」と口々に訴えられました。

子ども達に限らず、大人でも怖い話が好きな人は多いです。どうしてなのでしょうか。人が怖がる様子を見るのが楽しいのかもしれません。自分は怖くないよ、と自慢したい気持ちがあるのかもしれません。単純に、スリルを味わいたいのかもしれません。

そうしたものを好む気持ちの陰に、実は、心の深いところでは恐れが潜んでいるのではないか、と感じます。何か人間の力を超えた、得体の知れないお化けのようなものが存在する。そして私たちの人生の邪魔をしてくる、呪ったり罰したりしようとする。そういうものの存在の話に興味を抱きながら、怖いと感じる。普段は、そんなものを恐れないし、気にしないと言っていても、思いがけないトラブルや事故や災害にあうと、これは自分が呪われている証拠ではないだろうか、何かの祟りではなどと考えるのです。

夏のキャンプでは、同じ時期に私たちとは別の団体が隣の建物を使っていました。ところが急にそちらの建物のお風呂が壊れて使えなくなってしまったそうです。施設の方々が「こんなにトラブルが続くなんて呪われているかも知れない」と話しているのを耳にしました。半分冗談かもしれませんが、誰もがこのような言葉を見聞きしたことがあるのではないでしょうか。

実はイエス様の弟子達にも、得体の知れないものを恐れる気持ちがありました。弟子たちだけで舟に乗り、湖の向こう岸を目指していた時のことです。夜じゅう、逆風のため、なかなか舟が思うように進みません。弟子たちが困っていると、イエス様が湖の上を歩いて近づいて来られました。彼らはそれを見て、「イエス様だ」と喜んでホッとしたのではありませんでした。そうではなくて「幽霊だ」と大きな声で叫びました。怯えて、恐怖のあまり叫び声をあげたのです。イエス様を幽霊と、全く違う存在と間違えて、恐れたのです。これが人間の弱さなのです。

そのキャンプの最後の礼拝で、私は子供たちにこのような話をしました。「皆から見て、『大人には怖いことがない』と思っているかも知れない。大人自身も、自分は怖くないかのように思っているかも知れない。でも、大人も含めて誰もが恐れているのだと思う」と。

私は、子どもの頃から教会に通っていて、親にも教会の方々にも大切にされて来たという経験があります。けれどもいつも自分の弱さや足りなさを恐れていました。自分は本当に生きて行けるのだろうか、いつか役に立たない人間だとして社会から排除されてしまうのではないか、そんな不安と恐れが付きまとっていました。それで私は出来る限り真面目に学校に通い、また働きました。ある程度の経済力や良い人間関係があれば、恐れがなくなるのではないか、と思ったからです。

確かにある程度はそれも有効だったのかもしれません。けれども、次第に自分の限界を突き付けられました。いくらいろいろなものを手に入れても、恐れがなくなることはないのです。

しかしイエス様は、幽霊だと見間違えて怖がる弟子たちを叱ることなく、「安心しなさい。わたしだ」と声をかけて下さいました。彼らの弱さをよくご存じの上で、手を差し伸べて下さいました。それは、本当の意味で恐れに打ち勝つには、それぞれの力や努力に頼るのではなく、本当に信頼出来て力のある私に信頼することだ、そのように言われたということなのです。

イエス様は、私たちのために自らの命を差し出して下さったお方、どんな時も私たちの傍らにいて、「安心しなさい」と呼びかけて下さる方、そして神様の永遠の命を与えて下さるお方です。この方に従うことこそ、恐れに打ち勝つただ一つの道なのです。

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