預言者エレミヤ

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聖書の言葉

「立ち帰れ、イスラエルよ」と

主は言われる。

「わたしのもとに立ち帰れ。

呪うべきものをわたしの前から捨て去れ。

そうすれば、再び迷い出ることはない。」

もし、あなたが真実と公平と正義をもって

「主は生きておられる」と誓うなら

諸国の民は、あなたを通して祝福を受け

あなたを誇りとする。

旧約聖書 エレミヤ書 4章1~2節

禰津省一によるメッセージ

今朝は「預言者エレミヤ」という題でお話をしたいと思います。エレミヤという人は、旧約聖書のふたつ目の預言書であるエレミヤ書を書きました。エレミヤは、ユダヤの国がまさに滅びようとする紀元前7世紀から6世紀の預言者でした。「エレミヤはエレミヤ書を書きました」と言ってしまいますと正確ではありません。彼の預言は、書記役を務めたバラクという人が、筆記し、取りまとめて書物にした、とエレミヤ書36章に書かれています。

エレミヤは、こう語りました。「今や人々の礼拝生活は乱れている、王が取ろうとしている政治や外交、国防の政策も神を忘れたあまりにも人間的なものである。それは災いだ。」エレミヤがこう語ったのは、これこそが神様から預かった言葉であったからです。エレミヤは、神様から預かった言葉の通りに、絶えず「神様に立ち返れ」「立ち返れ」と繰り返し語りました。そのために、時の権力者たちの怒りを買うことになりました。

バラクが、王であるヨヤキムの前でそのエレミヤの預言を朗読したところ、王は怒りを発して、巻き物をナイフで切り裂き、暖炉の火に次々とくべて燃やしてしまったと書かれています。ところが、神様はエレミヤにこう告げました。改めて別の巻きものに、すべての言葉を元通りに書き記すように・・・。エレミヤは、神様から再び言葉を与えられ、バラクは巻きものを書きなおしたのです。神様の言葉は裂いても燃やしても再び告げられるものであり、消しても消えないものであるからです。

今日、たとえ社会や国家の大多数の意見にそむいてでも、勇気を奮って正しいと思うことを語ることを「預言者の務めを果たす」と言います。エレミヤは、どんなに人々から疎んじられても、神様ご自身がこう語れと命じたことをそのまま語りました。それは神様の裁きを告げる言葉であり、王や国民に対して悔い改めを求める言葉でありました。その結果、彼は多くの人々の反発を買ってしまいます。エレミヤは、幾度も捕らえられ、水ために投げ込まれ、泥に埋められました。しかし、エレミヤはそれでも語り続けました。神様が命じたからです。

エレミヤが神様から命じられたことは、言葉によって語ることだけではありませんでした。木で作ったくびきを首にはめて、諸国の王たちや、ユダヤの王の前に出て、バビロン王のくびきを今は負うようにと言う神様の言葉を語るよう命じられました。言葉だけでなく神様から、いわば、パフォーマンスをも命じられたのです。エレミヤの言葉は、人々の耳に心地よい言葉ではありませんでしたから、次第に彼は孤立し、迫害され、偽預言者とさえ呼ばれました。それでも、彼は語ることをやめてはならなかったのです。神様が彼を召しだしたからです。「私は生れなかった方が幸いだった」と嘆くほどにエレミヤは、預言者の苦しみを味わいました。

しかし、彼が語るように命じられたのは、決して裁きと警告の言葉だけではありませんでした。神様は回復の言葉、祝福の言葉をも与えられたのです。心が神様から離れてしまい、もっぱら人間にのみ、より頼む人は、荒れ地に孤独に立つ裸の木のようである。しかし、心を入れ替えて神様に信頼する人は水路のほとりの青々とした木のように豊かに実を結ぶと彼は語りました。人間の心は、本当に捕えがたいほどに病んでいると告げる一方で、神様はイスラエルと新しい契約を結ぶと語りました。このすべてが神様の言葉でありました。神様の定めを守れない人々の心の中に、その胸の中に定めを書き記して、心をつくり変えると知らせました。神様の言葉はこうです。「私は彼らの神となり、彼らは私の民となる。わたしは彼らの悪を赦し、再び彼らの罪に心をとめることはない」

旧約の預言者エレミヤが告げた、この新しい契約は、新約の時代になって実現することになりました。新しい契約というのは、イエス・キリストが世界にもたらす救いのことだったのです。イエス・キリストは、最後の晩餐のとき、弟子たちの前でぶどう酒の杯を掲げ、ご自身が十字架の上で血を流して命を捨てること予告してこう言われました。「これは罪が赦されるように多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である。」

イエス・キリストの十字架は、神様が、私たちの罪を赦して、私たちが神様の民となるための、身代わりの犠牲であったのです。

預言者エレミヤが語ったのは、厳しい裁きの言葉でありましたが、同時に愛と慈しみに満ちた恵みの言葉でありました。聖書は、今も私たちに語りかける神様の言葉、預言の言葉です。どうかこの神様の恵みの言葉に耳を傾けて下さい。

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