預言者イザヤ

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聖書の言葉

そのとき、わたしは主の御声を聞いた。「誰を遣わすべきか。誰が我々に代わって行くだろうか。」わたしは言った。「わたしがここにおります。わたしを遣わしてください。」主は言われた。「行け、この民に言うがよい/よく聞け、しかし理解するな/よく見よ、しかし悟るな、と。」

旧約聖書 イザヤ書 6章8~9節

禰津省一によるメッセージ

今朝は「預言者イザヤ」という題でお話をしたいと思います。旧約聖書の中で最も重要な預言者はイザヤという人です。彼の預言を集めたイザヤ書が旧約聖書の16の預言書の初めに置かれていることからも、そのことがわかります。また新約聖書には、イザヤ書の言葉が49回も直接引用されているのです。これは旧約聖書にある全ての預言書の中で、もっとも多いものです。

ラジオを聞いておられる皆さんは「よげんしゃ」という言葉から、どんなことを思い浮かべるでしょうか。歴史に残る大事件や大災害について、あらかじめ事が起こる前に発表した人でしょうか。確かに、とても偶然とは思えないような仕方で、株価の大暴落や大地震を予告した人が世の中にはいるようです。けれども、聖書に登場する「よげんしゃ」たちは、そういう人ではないのです。大事件を予告する人の場合には、「あらかじめ」という漢字、予定の予という字があてられる「予言者」です。ところが、聖書の預言者の「よ」は、預かるという字を使います。銀行の定期預金の預という字です。聖書の預言者は「主はこう言われる」とか「神の託宣」という前置きをおいて、神様から示された言葉を語ったのでした。つまり聖書に登場する預言者は、神様の言葉を預かり、それを神様の命令によって、人々に向かって告げ知らせる人です。あるときには、大きな力を持つ古代の王様に向かって語ったり書いたりする人なのです。

預言者は神様から用いられる人です。神様がその時、その時代の人々に伝えるべき言葉を伝えます。それだけでなく、遠い先の将来の人々に伝える言葉、知らせる言葉をも合わせて語られました。ちょうど一枚の風景画の中に近い景色とはるか遠くの景色とが同時に描かれているのに似ています。神様が、その時代の人々の命運を気にかけていたからですし、加えて将来の人々、さらに私たちのことさえも心にかけておられたからです。それは神様の約束であり、警告であり、愛の言葉なのです。

イザヤという人は、ユダヤの国で紀元前8世紀にこう預言しました。「災いだ、わたしの怒りの鞭となるアッシリアは。」(イザヤ書10章5節)それはユダヤの国民が、神を恐れず正義を行わないので、懲らしめる鞭としてアッシリアという大国をユダヤを遣わすこと、そして、そのアッシリアもまたバビロンという大国に滅ぼされることを告げる言葉でした。「災いだ、わたしの怒りの鞭となるアッシリアは。」この言葉は、紀元前7世紀までに完全に実現しました。そのような悲しいことが起きたのは、預言者イザヤによって告げられた「神を信じ正義を行え、貧しいものを愛せ」という、神様の言葉を、当時の王も国民も聞かなかったためです。やがてそのバビロンによってユダヤの国は滅ぼされ、人々は捕らえられます。このこともまたイザヤは預言していました。イザヤが、神様の召しを受けたときに、その目的は、人々が神の言葉を聞かず悟らないためだといわれたのですが、そのとおりになったのです。

イザヤはこうも語りました。イザヤ書7章14節です。「見よ、おとめが身ごもって、男の子を産み/その名をインマヌエルと呼ぶ。」実はこれは、クリスマスの預言なのです。800年後、イエス・キリストが乙女マリアから生まれたときにこの御言葉がまさしく現実のこととなりました。インマヌエルとは、神様が共にいて下さる、という意味のヘブライ語です。

さらに、イザヤは神様の「しもべ」としてのメシア、救い主の姿を預言します。イザヤ書42章です。「見よ、わたしの僕、わたしが支える者を。わたしが選び、喜び迎える者を。彼の上にわたしの霊は置かれ/彼は国々の裁きを導き出す。彼は叫ばず、呼ばわらず、声を巷に響かせない。傷ついた葦を折ることなく/暗くなってゆく灯心を消すことなく/裁きを導き出して、確かなものとする。」

これはイエス・キリストのご生涯であります。柔和であり、どんなに細い消えそうな火でもそれを消さず、弱い葦の茎のさらに傷ついたものでも折ることがなく、命を与えられるのです。そしてイザヤ書の最高点は53章です。「彼が刺し貫かれたのは/わたしたちの背きのためであり/彼が打ち砕かれたのは/わたしたちの咎のためであった。彼の受けた懲らしめによって/わたしたちに平和が与えられ/彼の受けた傷によって、わたしたちはいやされた。」イエス・キリストが十字架にお掛かりになり、死んだことによって、罪人が神の赦しを受けること、癒やされることを告げています。

次の言葉は、すべての時代の人に語られている言葉ではないでしょうか。イザヤ書43章4節で、神様はこう語られたのです。

「わたしの目にあなたは価高く、貴く/わたしはあなたを愛し/あなたの身代わりとして人を与え/国々をあなたの魂の代わりとする。」

紀元前8世紀にイザヤを通して語られた神様の言葉は、今も私たちに語られている言葉です。ぜひ預言書をお読みになって下さい。

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