ステイホーム!

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聖書の言葉

この人たちは皆、信仰を抱いて死にました。[…]彼らは更にまさった故郷、すなわち天の故郷を熱望していたのです。

新約聖書 ヘブライ人への手紙 11章13,16節

吉田隆によるメッセージ

皆さん、いかがお過ごしでしょうか。甲子園教会の吉田隆と申します。今日の聖書の言葉をお読みします。「この人たちは皆、信仰を抱いて死にました…。彼らは更にまさった故郷、すなわち天の故郷を熱望していたのです」。

前回に引き続き、今年の流行語大賞の有力候補のお話。今日は「ステイホーム」です。たった二ヶ月ほどだけでしたが、緊急事態ということで外出自粛と言われて自宅にこもりっきり。これほど自宅に皆でこもっていた時が、これまであったでしょうか。家族の絆が深まったという方もおられるかもしれませんが、ストレスがたまったという方も結構おられるのではないでしょうか。特にお子さんたちのいるご家庭では、毎日毎日三食の食事の準備が大変、食材がどんどんなくなる。そんな声をよく聞きました。自宅勤務でもうすっかり出不精になって、体重ばかりが増えて、こちらも「デブ症」になった、なぁんて誰かが言ってましたっけ。しばらくお会いしていなかった方と久しぶりにお会いしたとき、「生活の方はどうですか?」と尋ねると「もう毎日、動物園の白熊みたいに、家の中をウロウロしてます」と言われました。その様子があまりにリアルに想像できたものですから、思わず大笑いしてしまいました。そう言えば、今年はゴールデンウィークも動物園がお休みでしたね。動物たちも、ゆっくり静かに過ごすことができたことでしょう。

そこでふと考えたのです。はたして、動物園の動物たちは、あの檻の中でステイホームしていたと言えるのだろうかと。つまり、動物園の動物たちにとって、あの檻の中がホームなのだろうかと。それは違うだろうと、皆さん思われるでしょうね。白熊にとっては北極がホームで、ライオンにとってはアフリカのサバンナがホームだと。でも、考えてみると、毎日三度三度餌は出てくるし、ウロウロするだけかもしれませんが、適度な運動はしているし、何より敵に襲われる心配もないし、結構いいマイホームかもしれませんよ。方や、私たち人間は、自由に外出できた日々を思うと、たとい自分の家にいても何か檻の中に閉じ込められているように感じてしまう。さてはて、どちらがステイ“ホーム”していると言えるのでしょう。考え始めると、これはなかなか深い問題です。つまり、私たちにとって「ホーム」とは、そもそも何なのかということです。

ご存じのように、英語では「家」を表すのに二つの言葉があります。ハウスとホームです。外出自粛、自宅待機という時に、ステイ・イン・ザ・ハウス(家の中にいなさい)と言うこともできるはずです。しかし、ハウスとホームでは違いがありますと、中学生向けの解説に書いてありました。ハウスは、もっぱら建物のこと。しかし、ホームは、今自分が住んでいる場所・家族とのふれあいのある場所というだけでなく、安心できる場所、ふるさと、心の拠り所のようなものを指すのだと。ですから、家の規模や場所などは関係なく、自分がその場所を家だと感じていれば、そこがホームになるのですと。そうでしたか!それなら、ハウスの中に留まる必要など無かったんだ、自分がホームと感じる所に居てよかったんだ――というのは少々屁理屈かもしれませんが、なかなか難しい問題です。なぜなら、たとい自分の家の中に居ても、たとい家族と一緒にいても、そこを自分のホームだと感じることができない人、家庭の中でさえ心安らぐことができない人など、数え切れないほど居るからです。

長らくホームレス支援に携わってこられた、ある牧師さんは「ホームレス」と「ハウスレス」は違うと言っておられます。住む家のない路上生活者の方々に住む場所を提供すること、それは「ハウスレス」を解消することにすぎない。しかし、本当に大切なのは、彼らを「ホームレス」にしないこと。つまり、本当に心安らぐ場所、自分が受け入れられ、大切にされる場を提供することこそ大切だと。そのとおりだと思います。

アウグスティヌスという有名な神学者が、こんなことを言いました。「神よ、あなたは私たちを、ご自身に向けてお造りになりました。ですから、私たちの心は、あなたのうちに憩うまで、安らぎを得ることができないのです」。神によって造られた人間は、神を信じて、神のもとに立ち返るまで、本当の憩い、安らぎを得ることはできない。つまり、人間にとっての唯一まことのホームは、神の御許だということです。そこに辿りつくまで、人間はこの世に真のホームを見出すことはできない。たといハウスはあっても、ホームはないのだと。ですから、神を信じて生きる人生とは、旅人と同じです。天の故郷、神と共に住む天の故郷こそが真のホームである、というのが冒頭の聖書の言葉です。けれども逆に言えば、私たちがこの神様を信じて生きていく時、誰よりも私のことを大切にしてくださる、この神様の中に安んじて生きて行く時、私たちはどこに居てもどんな状況の中でも、そこはいつでも私たちのホームになるということではないでしょうか。人間にとっての、真のホームを見つめながら生きる。このホームにいつでも心を安らわせて生きて行きましょう、ということ。それこそが私たちにとっての、究極の“ステイホーム!”ではないでしょうか。

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