父親の眼差し

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聖書の言葉

わたしがこの民すべてをはらみ、わたしが彼らを生んだのでしょうか。あなたはわたしに、乳母が乳飲み子を抱くように彼らを胸に抱き、あなたが先祖に誓われた土地に連れて行けと言われます。

旧約聖書 民数記 11章12節

山中恵一によるメッセージ

この番組で制作スタッフを担当している山中です。先週に引き続き、子育て中の父親の視点から与えられた聖書の恵みをお伝えしたいと思います。前回お話ししましたが、今年の3月に二人目の子供が与えられました。下の子は娘なんですけれども、上の息子は3歳。妻は、長男のイヤイヤ期につきあいながら、下の娘にはおっぱいをあげて、睡眠時間を削りながら、奮闘の日々が続いています。

妻がお風呂なんかで娘から離れるときに、娘はよく大泣きします。大泣きする彼女をあやしていると、長男をあやしていたときのことがよみがえってきます。「あぁ、そうそう、上の子のときもこんなんだった。そうだった、そうだった。子供がどれだけ泣いても、父親からはおっぱいが出ないんだったなぁ」よみがえってくるのは、そんな切ない記憶です。かまって欲しい、とか、抱っこして欲しい、というだけなら、抱えれば泣きやみます。でも、おっぱいが飲みたいという要求には、父親ではどうにもなりません。そんな時には、いったん布団におろして、どうしたものかと、しばらく眺めていたりします。泣きじゃくるわが子を布団に置いたまま、突っ立ている。すると、そこに妻が戻ってきたりするんですね。少し、あきれた顔をしながら、「抱っこしてみてもダメだったの?」妻はわたしに尋ねます。わたしは、なんだかバツが悪くて、小さい声で「・・・ダメだった」と返します。娘からは、ムリな注文をされ、妻からは失望に似た目が向けられる。与えられている役割のなかで、自分にできない要求をされ、それができないことを責められるような思いがする。つらいですね。無力さと自責の苦しみです。わたしは、子育ての中でそれを味わいましたが、みなさんは、どうですか?仕事や、友達との人間関係の中で、同じような思いを抱いておられる方はいないでしょうか?

今朝の聖書箇所も、同じような思いを抱いてた人の言葉で、旧約時代のリーダー、モーセの言葉です。彼にはイスラエルの人々を約束の土地に導くという使命が与えられていました。この使命を果たすべく、彼は神様の言われるとおりに、当時イスラエルが奴隷とされていたエジプトと対決し、エジプトから仲間たちを解放し、約束の土地まで続く、荒れ野の旅路をリードしていました。ところが、人々は、やれ水がない、食べ物がない、とモーセに泣き言ばかり。神様は、その都度、奇跡の力で、岩から水を湧き出させたり、マナと呼ばれるウェハウスのような食べ物を天から降らしたりと、手厚く面倒を見続けてくださいました。そして、またもやイスラエルの泣き言が始まりました。「誰か肉を食べさてくれないものか?」、これにはさすがに神様も怒りを燃やされました。モーセは、というともう泣きたい気分です。人々は、荒れ野で肉が食べたいと泣きわめく。そんなイスラエルに神様は御立腹。モーセはもう自分の使命を続けることが嫌になってしまいました。「あなたは、わたしに、乳母が乳飲み子を抱くように彼らを胸に抱き、あなたが先祖に誓われた土地に連れて行けと言われます。この民すべてに食べさせる肉をどこで見つければよいのでしょうか。彼らはわたし泣き言を言い、肉を食べさせよと言うのです」ムリ難題を言ってくる人々。要求に応えられない自分の無力さ。そして、それを責められているかのような苦しさ。そんなん、むりですよ、とモーセは泣き言を漏らしたんですね。

しかし、神様は、言われました。「人々が肉を食べれるようにしてやろう。」そうは言っても、イスラエルの人々は60万人もいました。モーセは神様に、それはムリです、と言い返します。このモーセに対して、神様は言われました。「主の手が短いというのか?わたしの言葉どおりになるか、ならないか、今あなたに見せよう」。そう言って、神様は、なんと、うずらの大群をイスラエルの宿営地に呼び集め、人々は本当に肉にありつくことができました。

誰にでも神様から託されている使命があります。それは、あなたの周りの人に仕えなさい、周りの人を愛しなさい、という使命です。そして、この使命の中で私たちは、子育てだったり、交友関係だったり、と様々な人間関係の中で、無力さと、役割を果たせない罪責感に迫られることがあります。しかし、神様は、私たちがその使命を全うできるように、私を頼るようにと言われるんですね。わたし達の手には負えないように思えるムリ難題であっても、神様の手に負えない問題はありません。神様から与えられている愛すべき人と関わるなかで、だれかの要求に応えようとしながら、それができない。それなのに責められる。そんなときには、ぜひ、だまされたと思って、しかし、真剣に祈ってみてください。「神様が求めておられることは、わたしにはとてもできません。ムリです。でも、どんな問題にも手を差し伸べることのできる力を神様はお持ちです。どうか、助けてください。」

神様からの助けが来る事を祈りながら待ち続けてください。自分の力ではどうにもならない事があっても、神様の力強い手は、思いもしないような仕方で、あなたを助けることができます。

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