生きる勇気

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聖書の言葉

立て、行こう。見よ、わたしを裏切る者が来た。

新約聖書 マルコによる福音書 14章42節

大場康司によるメッセージ

今日から受難週に入ります。主イエス・キリストが、十字架の上で、私たちのために苦しみを受けられ、そして死んでくださったことを覚える一週間です。

ただいまお読みした聖書個所は、その受難週において、主イエス・キリストが、これから十字架に向かって行こうとされているその時に、弟子たちに向かって、語られた御言葉です。主イエス・キリストが苦しみを受けられたのは何のためであり、その結果、どうなられたのか。そして、今の私たちに、それはどのような関わりを持つことになるのか。このことを、見ていきましょう。

主イエス・キリストは苦難を忍ばれて、私たちのために、死んでくださいました。しかしこれは、主イエス・キリストが、死によって打ち負かされてしまった、ということではありません。全く逆です。御自身、確かに十字架の上で死なれましたが、しかし、三日目によみがえられたのです。それは、死を打ち破り、死に勝利されて、命へと復活された、ということです。イエスさまの十字架の死は、分かち難く、命への復活と結びついています。十字架の上で、私たちのために死んでくださった主イエス・キリストは、その死を滅ぼされて、私たちが神さまと共にあって生きるようにと、よみがえられました。

その主が、私たちに呼びかけてくださっています。「立て、行こう。」どこへ行くのでしょうか。今の私たちの、それぞれの人生で、あなたは立ち上がれ、そして自分の人生をしっかりと歩み行こう、と言われます。それはただ、言葉だけの叱咤激励ではありません。たとえいくら励まされても、私たち人間は弱いものです。できないものはできないのです。頑張ることができません。あるいは、頑張りすぎて、もっと休みたい、と思うのに、そのことが言えない。そして頑張ろうとする。そういう弱さもあります。

とにかく、いくら「頑張れ」と言われても、頑張れない。そのことで気に病んでいれば、やがて人生そのものに、立ち向かっていくことができなくなってしまいます。立ち止まり、蹲(うずくま)り、虚ろな目をして佇(たたず)むのです。

しかし、イエスさまは、私たちに言われます。「立て、行こう。」一緒に行こう、と言われる。一緒に立ち上がり、一緒に歩み出して行こう。あなたは立ち上がることができる。私と一緒に歩き出すことができる。

なぜ、イエスさまは、そのように言われるのでしょう。それは、イエスさまが、いつも私たちと共にいてくださって、私たちと歩みを共にしてくださるからです。いつまでも、どこまでも主は共にいてくださいます。決して無責任に、「頑張って歩いていけ」と私たちを放り出されるのではありません。主イエス・キリストが私たちの歩みを、支えてくださる。絶えず共にいてくださって、生きるのが困難な人生の歩みであっても、その歩みを支えて、確かなものとしてくださるのです。

私たちの人生を、辛く、苦しく、困難なものにしているのは何でしょうか。もちろん、人により、それはいろいろなものがあるでしょう。しかし、神さまは、誰にも同じ、一つの根本的な原因がある、と明確に言われています。

それは、罪です。私たちが神さまを知らないこと、神さまに背いていること、神さまを信じようとしないことです。このことが人生に暗い影を投げかけてしまっている。ですから、この罪の問題を、私たちは解決しなければなりません。しかし、私たちの罪は大きいのです。あまりにも大きすぎて、自分の力ではどうしようもない。解決することができないのです。しかし、これが解決しないのであれば、私たちの人生は真っ暗です。ただ苦しみや悲しみの先に、死をもって全てが終わる、というだけの人生になってしまいます。

もし、そうであれば、どうでしょう。生きる意味など、どこにも見出せなくなってしまいます。

しかし、そのような私たちのために、主イエス・キリストは、十字架の上で死んでくださいました。私たちの身代わりになられて、罪なきイエスさまが、私たち一人一人のために死んでくださいました。これにより、私たちには、罪の問題を解決することができるようになったのです。あと必要なことは、私たちが心から、主イエス・キリストを、私のまことの救い主と信じることです。そして、主と共に、人生を新しく歩み始めることです。

言うまでもなく、信じたから、その後は全てが順調に、うまく行く、辛いことや悲しいことなど何も無くなる、といったようなことではありません。しかし、それまでは蹲(うずくま)ってしまっていた人生の中で、立ち上がることができる。大波に押し流されていた人生でしたが、その大波を乗り越えることができるのです。信じる私たちには、主が共にいてくださるからです。

このように、私たちが、この人生において、立ち上がり、前を向いて歩み出すことができるように、主イエス・キリストは、必要な全てのことを成し遂げてくださいました。

残されているのは、私たちが主を信じることです。私たちを愛してくださり、私たちのために、死んでくださり、それによって私たちに命を与えてくださる、その主が、私たち一人一人に、呼びかけてくださっています。

「立て、行こう。」

主が共にいてくださるので、この人生を、私たちは勇気をもって、生きることができます。主が共にいてくださり、「立て、行こう」と絶えず私たちを、励ましてくださいます。その時、生きる勇気が、私たちの内に湧いてくるのです。

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