父親の眼差し

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聖書の言葉

キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。

新約聖書 フィリピの信徒への手紙 2章6~7節

山中恵一によるメッセージ

前回より、シリーズとしてやらせていただいています。

昨年の秋口に子どもが生まれまして、父親となりました。そんな新米お父さんとして、息子が生まれたことで、あらためて感銘を与えられた、そんな御言葉を紹介したいと思います。

今朝は、フィリピの信徒への手紙2章6節~7節前半までの御言葉を分かち合いたいと思います。「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じようになられました。」

聖書は、この世界をお造りくださった全能の神様がおられるということを教えます。そして、その神様の独り子が、イエス・キリストと呼ばれる救い主、つまり人間となられたのだ、と教えます。イエス様は、神様が人間となられた御方である。それは、小さい頃から教会で、何度も聞いてきたことでした。

イエス様が、話をされれば、そこには、たくさんの人が集まってくる。奇跡の働きをされるなら、町を越えて人々がやってくる。イエス様と聞いて思い浮かべるのは、成人した立派な大人のイメージのように思います。しかし、当然、全能の神様が、人間に成られた、というのは、いきなり一足飛びで、大人の人間になられたわけではないんですね。神の独り子は、クリスマスの時に人間としてお生まれになって、赤ちゃんの時期を過ごされたのです。

自分に息子が生まれまして、この事実に、とても驚きを覚えました。全能の神様、人間には手が届かないような高みにおられるはずの御方が、目の前にいる赤ん坊と同じになられた、というんですね。これは、衝撃的なことです。大勢の群衆に囲まれて、ありがたいお話を語り、不思議な奇跡を成される。神様が人間となられたということは、周囲を唸らせるひとかどの人物となられた、そういうことではないんですね。

神の独り子はまず、赤ちゃんとしてお生まれになられたのです。息子は今3か月ほどですが、かわいいです。かわいいですけど、それだけですよ。あとは寝てばかりです。たまに、手をぶんぶんと振り回しますけれど、それ以外は、うんちして、気持ち悪くて泣いて、お腹を空かせてまた泣いて、本当に、親が世話をしなければ、泣くことしかできない、弱々しい存在です。神の子は、そのような人間となられたんですね。それは、人間を救うという目的ありきでしたけれど、これは、本当にとんでもない捨て身の業でありました。家の息子が、神様だ、というのと同じ状況が、あったということです。これは、すごいことだと思いました。

先ほど読んだ聖書には、イエス様は、ただ人間となられたのではなく、「僕(しもべ)の身分」になられたのだ、と言われていました。僕と言うのは奴隷のことです。主人から仕事を託されて、お仕えするのが奴隷の仕事です。父なる神様から、人々を救うという仕事を託されて、イエス様は、僕となられました。ですので、イエス様は二重の意味で奴隷となってくださいました。ひとつは、父なる神様の僕、そして、もうひとつは、私たちの救いのための奴隷、です。誰かのために仕える態度、自分を相手よりも下に置く自己意識、それらを教会では「へりくだり」と呼びます。下手に出るということです。

神様は私たちの救われるためであれば、とことんまで、下手に出られるんですね。うんちとおっぱいで、一日が終わってしまうような赤ちゃんにまで、身を投げ打て、輝かしい神様とはとても思えないほどの捨て身で、神様は私たちのために仕えてくださる。尽してくださる。尽力してくださるんですね。捨て身にも、程があるというか、人間を救うためであっても、そこまでするか、という驚きの行動です。

聖書には、神の子であるイエス様を見ることで、目には見えない父なる神様のことがわかるようになる、という主旨のメッセージがあります。イエス様を見る時に、私たちは、私たちの救いに対する神様の真剣さを目の当たりにします。そこで、湧いてくる思いは、神である御方が、人間にまでなるのか?そこまでするのか?という驚きです。でも、そうなんですね。神様は、あなたが救われるために、どこまでもとことん下手に出て、あなたに仕えてくださるのです。それは、独り子を人間にするという仕方でした。その赤ちゃんが、大きくなり、あなたの罪を肩代わりして、死ぬという仕方でした。そして、その死なれた方は生き返り、今や、永遠に死ぬことのない救い主として、あなたの救いのために仕え続けてくださいます。

あなたは、神様がとことんまで、へりくだってでも、なんとか救い出したいと思われる、そのような貴い存在です。この一週間の間にも、神様はイエス様を通して、あなたに仕えてくださいます。どうか、この一週間が、あなたにとって、イエス様の救いのお働きを味わう日々となりますように、心から願います。

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