自殺しても天国には行けますか?

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聖書の言葉

人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の命を失ったら、何の得があろうか。自分の命を買い戻すのに、どんな代価を支払えようか。

新約聖書 マタイによる福音書 16章26節

川瀬弓弦によるメッセージ

教会には色んな悩みを抱えた方が来られます。死ぬほど辛い思いをして、ワラをもすがる思いで来られる方も大勢います。そんな人の中で、自殺したらどうなりますか?自殺しても天国には行けますか?と、難しい質問をされる方は少なくありません。辛い人生を歩み続けるくらいなら死んだほうがましだ、と真剣に悩みます。でも自殺をしてしまったら、いくら憐み深い神様といっても赦してくださらないのではないか、と不安を覚えておられるのです。人によっては、自殺したらもう悔い改められないから希望はない、とはっきりと言う人もいます。

私が大学生だったころ、とても大切な友人を無くしました。彼女は熱心なクリスチャンでしたが、長い間精神的な病とも闘っていました。その病から癒されるように、いつも一緒に祈りました。ところがある日、彼女はアパートの屋上から飛び降りてしまったのです。自殺でした。どうしようもない苦しみから早く解放されたいと思ったのでしょう。自殺する前に最後に彼女が連絡を取ろうとしていたのが私でした。しかし私は不在でした。聞き取れないほどかすれた声で、留守番電話が残されていました。あの時もし話しを聞いていてあげていれば、自殺は防げたかもしれないと今でも自分を責めてしまうことがあります。

クリスチャンであれば自殺をしても天国に行けるのでしょうか。自殺という罪は赦されるのでしょうか。それともやはり赦されないのでしょうか…残念ながら私には皆さんが満足できるような答えはありません。聖書を捜しても明確な答えはありません。友人がその後どうなったのか、私には分かりません。できれば天国で再会したいと願うことくらいしか私にはできません。

ただあなたと一緒に考えたいことが一つあります。それはなぜ誰もが死ぬことではなく、生きることを選択するべきなのか、ということです。「一人の命は地球よりも重い」と言われますね。でも一体誰が命の重みや、その価値を決めるのでしょうか。両親に「生んでくれてありがとう」と言葉をかけたり、赤ちゃんに「生まれてきてくれてありがとう」という言葉をかけたりするのをよく耳にします。命に対する感謝の言葉です。でも反対に「あんたなんて生まれてくるべきではなかったのよ」と深く傷つくようなことを言われて、「生まれたくもなかったのに親が勝手に生んだ」と言いたくなることもあるでしょう。

命とは一体誰から授かったものであり、また誰のものなのでしょうか。聖書は「殺してはならない」と教えています。この戒めには、単に一般常識や道徳では説明できない理由があります。私たちが命を大切にしなければならない本当の理由は、命を造り、命を授けてくださったのは神様だからです。命の授け親は両親でも、その所有者は自分自身でもありません。本当の授け親、所有者は神様なのです。殺すことは神様の手の中にある命を奪いとることです。ですから誰の命であれ、たとえ自分の命であっても、奪い取ってはならないと聖書は教えているのです。

ここから自分の命について、もう一つのことが言えるでしょう。私達の命は、本当の所有者である神様の手の中にあるからこそ、尊く価値があるのだということです。自分で何か作品を造ったことがあるでしょうか。小学生の時に書いた絵だったり、大人になってから作ってみた陶芸だったり、どんなものでも結構です。それがちょっと格好が悪くても、少しくらい歪んでいても、自分が作ったものは特別です。作った本人だけが、その作品に本当の尊さや価値を知っています。誰かがそれをバカにしたり、壊そうものなら黙ってはいないでしょう。私達を造られ、命をお与えになったのは神様です。その神様が、私たちの命を本当に価値あるもの、尊いものであると認めてくださっているのです。

たとえこの世界の全財産を手に入れたとしても、この命と引き換えることは決してできません。たとえ全世界を自分の思いのままに操ることができたとしても、命を一度失ってしまえば、それを取り戻す手立ては何もありません。命の重みは、この世界のどんな富とも比較できません。それだけ特別な価値を、神様は一人一人の命にお与えになったのです

ぜひあなたに知っていただきたいお方がいます。それはイエス・キリストというお方です。今、あなたはこのような尊い命を投げ出してしまおうと真剣に悩み、苦しんでおられるかもしれません。でもイエス様は、あなたが命を投げ出して失ってしまわないようにと、自らの命を投げ出してくださったお方です。今あなたは「生きていても仕方がない」と考えておられるかもしれません。しかしイエス様は一度失えば決して取り戻すことのできない命のために、十字架の死という計り知れない代価を払ってくださったのです。神の御子の命という代価です。ご自分の命を犠牲にしてでも救おうとされる価値を、神様はあなたの命の内に見ておられます。ですからどうぞ死ではなく、イエス様と共に生きる道、本当の命を選び取ってほしいと心から願っています。

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