良くなりたいか?

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聖書の言葉

さて、そこに38年も病気で苦しんでいる人がいた。イエスは、その人が横たわっているのを見、また、もう長い間病気であるのを知って、「良くなりたいか」と言われた。

新約聖書 ヨハネによる福音書 5章5~6節

常石召一によるメッセージ

2014年の暮れに牧師になりました常石と申します。49歳です。

私は小さい時から両親に連れられて教会に行っていました。また成人してからも信仰は生きて行く上で欠かすことが出来ない大切なものだと思い、礼拝に通い続けていました。しかし決して信仰生活に熱心だったという訳ではありませんでした。

私は会社勤めをしてそれなりに充実した日々を送っていました。しかしある時体調を壊したことをきっかけに「牧師になるように言われているのだろうか?」という考えが頭をよぎるようになりました。その考えを否定しようと懸命に努める一方で、これが神様の呼びかけであるならば誠実に考えなければならないと感じました。しかしいくら考えてもどうすべきかが分からず逡巡する日々が1年以上続きました。そんな時、今お読みしました聖書の箇所に出会ったのです。

「38年」病気になっている人が登場しています。この人はベドザダと呼ばれる有名な池の傍らにいるのです。この人だけでなく多くの病気の人がそこにいました。その池は不思議な池で、時々水が自然に動くのです。その時に池に入ると病気が癒やされるということがあったようなのです。ですからその時が来ることを多くの人々は待ちました。そして水が動く瞬間には我先にと皆が池へと入っていきました。しかしこの男の人は自力で歩くことが出来ませんでしたのでいつも池の傍らに取り残されました。そういうことが何度繰り返されたことでしょうか?彼の病が癒やされることはなかったのです。それでもこの人は池の傍で待つことを止めませんでした。

そこにイエス様が来られ、この男の人に「良くなりたいか」と声をかけられます。これは聞くまでもない当たり前の質問です。良くなりたいからこそこの池で待ち続けているのです。しかしこの人は「はい、良くなりたいのです」とは言わないのですね。何と言うか?「私を池の中に入れてくれる人がいないのです。私が行くうちに他の人が先に降りて行くのです」と答えるのです。「だから私は良くならないのだ」、と自分が癒されない理由を述べるだけなのです。彼は、イエス様に自分を良くする力があるとは思っていない、だからこんな答え方をしたのだと言えるでしょう。しかしそれ以上に、長い苦しみの中で、「なぜ私は良くならないのか?」と問い続けた結果であると言えます。誰も私を池の中に入れてくれない、結局いざという時にみんな私のことを放っておくのだ、そのように人を責める思いと自分を憐れむ思いが、彼の心の中に深く入り込んでいたのだと思います。

私はこの箇所を読んで、この病人の姿に自分を見たような気がしました。私には良くなるべきところがあり、イエス様が「良くなりたいか」と声をかけて下さっている。にも関わらず、自分は良くなりたいとは思わない、そもそもイエス様が言われる「良くなる」ということが何なのかが分っていない、そう思わされました。

私はいくつもの点で恵まれていました。小さい時からそれなりの努力をすることが出来、そのことによって職を得ることが出来ました。しかしそのことを自分と家族の幸せのためだけに用いていた、幸せを求めることのために神様が見えなくなっていた、そのように思いました。

さて、イエス様はこの男の人に対してこのように言われました。「起き上がりなさい。床を担いで歩きなさい」。そうすると直ぐに「良く」なりました。私はこの男の人のように起き上がることへと促されていることを感じたのです。

良くなるということが具体的に何なのか?それが私にとっては牧師になるということなのか?完全な確信が得られたわけではありませんでした。けれども、イエス様の招きに応答することによって初めてそれは見えてくるし、現実になる。だったらイエス様に信頼して踏み出してみよう、と思いました。もしこの道が私に対するイエス様の願いではなかったと後で明らかになったとしても、イエス様の声に従おうと決心した結果ならばそれでもよい、その時に修正をすれば良い、このように応答することが必要だと思いました。そうして私は仕事を辞めて神学校で学ぶようになりました。

実際、踏み出してみて感じた事は、しがみつこうとしていたものが実はさほど大きなものではないどころか、そういったものに人生が束縛されることがある、ということでした。私は自分の幸せという価値観に囚われていたのです。幸せはイエス様からやって来るものであって、幸せを追求する中に幸せはなかったのです。

イエス様の招きは私たちを解放する、良くするためのものです。この上からの願いにどうぞ皆さんも聖書を読むことによって触れて下さいますように。

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