盲人の目を開けられる主イエス

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聖書の言葉

イエスは盲人の手を取って、村の外に連れ出し、その目に唾をつけ、両手をその人の上に置いて、「何か見えるか」とお尋ねになった。すると、盲人は見えるようになって、言った。「人が見えます。木のようですが、歩いているのが分かります。」そこで、イエスがもう一度両手をその目に当てられると、よく見えてきていやされ、何でもはっきりと見えるようになった。

新約聖書 マルコによる福音書 8章23~25節

袴田清子によるメッセージ

イエス様は、弟子たちを伴ってベトサイダという場所に到着されました。そこはガリラヤ湖の北東に当たります。イエス様の噂を聞きつけた人々は、ある盲人を一人連れて来て、触れて頂きたいと願いました。

その人は目が見えなかったので、落ちぶれてしまい、自分の村から出て、ベトサイダという人の多く集まる場所で、物乞いをしていたのでしょう。人々は半ば親切心から、また半ば奇跡見たさの好奇心から、彼をイエス様と弟子たち一行の所に連れて来たと思われます。そしてイエス様に「触れて頂きたい」と願ったのでした。

すると、イエス様はこの大勢の人々を避けるかのようにして、この盲人の手を取って、彼だけを村の外に連れ出されました。他の場面では、わざわざ病人を公衆の面前に立たせ、大勢の人々の前で癒しておられたのに、どうしてでしょうか。ここでは、まるで隠れて癒しの業を行っておられるかのようです。

イエス様は、この人と一対一で向き合うことを望まれたのです。癒し主が誰であるか分からない状態ではなく、誰が、何をして癒されたのかをはっきりと分からせることを望まれたのです。そのようにして、この人の魂を、真の命に導くために、個人的に向き合われたと考えられます。

恐らく、目が見えないということの為に、他の人には理解されない、多くの苦しみや苦労がこの人にはあったことでしょう。一度、目が見えなくなれば、また見えるようになることはまず、期待できません。それゆえ、この人は人生を諦めていたのではないでしょうか。深い闇が彼の視力を支配していただけではなく、彼の魂も深い闇に閉ざされていたでありましょう。イエス様はその最も深いレベルの闇を癒そうとされているのです。

当時、唾には癒しの力があるという迷信がありました。それで、イエス様はこの人の目の中に「唾を吐き入れられた」と記されています。イエス様は触らずとも、癒す力のある神の子です。しかし、ここでは、感覚的に理解できる方法で、段階を追って、ゆっくりと癒しをもたらしておられます。唾を用いたあとで、主イエスは両手をその人の上に置かれ、そして、直接彼に話かけ、尋ねられました。「何か見えるか。」

このイエス様の問いによって、それまで全くの受け身であった彼は、人格的にイエス様に応答しなくてはならなくなりました。彼は目をあげました。「そして見つめ続けていると、人が見えて来た」と聖書は記しています。「木のようですが、歩いているのが分かります。」と彼は答えました。それまで、諦めていた、目が癒された瞬間です。そして、この業こそ、旧約聖書のイザヤ書35章5節に記されている、メシアが到来した時に起こる、神にしかできない奇跡の預言の成就であったのです。主イエスこそ、旧約聖書が預言している世の救い主なのです。

真っ暗闇しか見えなかった盲人の目に、太陽の明かりを反射して、情景が入って来ました。おぼろげながらも人の姿が見える、そしてそれが動いているのが見える。人生の半ばにして視力を失い、もう治らないと、諦め、人生も投げ出していたこの人に、神によって、全く新たな人生の歩みが開かれたのです。

最初の手当てが終わった段階では、まだ見え方がぼやけており、視力は完全ではありませんでした。そこで、イエス様はもう一度、彼の目に両手をあてられたとあります。そして、イエス様が二度目に彼の目に手を当てられると、「よく見えて来て、癒され、何でもはっきりと見えるようになった」と記されています。この箇所を直訳すると、「完全に焦点が合うようになった、そして、完全に癒され、全てのものを真っ直ぐに見続けるようになった」となります。肉体の癒し以上の癒しが起こっているのです。

私たちは目の前の物を見ていても、実は見えていないことが多いのではないでしょうか。私たちは神様によって初めて、霊的な焦点がはっきり合うようになり、見えるようにして頂けるのです。完全に焦点が合い、全てのものを真っ直ぐに見ることができるならば、どれほど幸いでしょうか。この不安定な時代にあっても、正確な足取りで、大胆に前に向かって、力強く、進みゆくことができるでしょう。

真の神は、罪人である私達の罪の赦しのために、御自身の御子を身代わりに十字架にお付けになりました。救い主であるイエス様を通して、私達の罪は完全な赦しを与えられたのです。私たちは、救い主イエス様の手に引かれて、御自身の元に来て、命そのものであられるイエス様から、命を頂き、癒して頂き、歩むように招かれています。

あなたも、今日、真の癒し主、真の命の道を歩ませて下さる、主イエス様と共に、新たな生き方へと、導かれて下さい。

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