神はあなたをひとみのように守られる

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聖書の言葉

主は荒れ野で彼を見いだし、獣のほえる不毛の地でこれを見つけ、これを囲い、いたわり、御自分のひとみのように守られた。

旧約聖書 申命記 32章10節

宮﨑契一によるメッセージ

2012年が始まって、もうあっという間に一月が過ぎました。時間が経つのは本当に早いなあ、と改めて思わされます。私たちはそれぞれが毎日、本当に精一杯生きていると思うのです。その中で時間もあっという間に過ぎ去ってしまう、そう思うことがあるのではないでしょうか。

その中で、聖書にある神様の言葉に耳を傾けたいと思います。聖書の神様が、今私たちに何を語っておられるのか、何をなそうとしておられるのか、私たちの関心はそこにあります。聖書の言葉を通して、神が私たち一人一人に何をされようとしているかをご一緒に見たいと思います。

先ほどお読みした個所には、神様が一人一人を見つけ、これを囲って、いたわり、御自分のひとみのように守られた、ということが記されています。これは私たちが、思わず目を止めてしまう印象的なところだと思うのです。神様というお方は、私たちが助けを願っても何もされない、そのままほったらかしにする、という方では決してありません。

この神様は、私たち一人一人のことをいつも見ておられます。私たち一人一人のことを探して、見つけて下さる、そういう方です。私たちを囲い、いたわって、御自分のひとみのように本当に大切に守ってくださる。神様は、このように私たちと共にいてくださるお方なのです。

神様が一人一人を見つけられるのは、荒れ野という場所です。あまり良い場所ではありません。獣のほえる不毛の地、とも書かれています。荒れ野は、自分に襲いかかって来る獣のいる危険な場所です。また、緑が多くある場所でもありません。砂漠のようなところです。またこの荒れ野には、はっきりとした自分の進む道が敷かれているのでもありません。自分が一体どこに進んで行けば良いのか、それが目に見える形でそこにあるのではないのです。つまり、この荒れ野は、必ず守られることが必要な場所です。自分が見出されて、囲まれ、いたわられて、ひとみのように大切に守られることが必要な場所が、荒れ野です。

私たちは、自分たちがそれぞれ荒れ野のようなところで生きていることを思うのではないでしょうか。もちろん、私たちは実際にこの荒れ野のような砂漠に普段住んでいる訳ではありません。しかし、私たちがそれぞれ自分たちの会社や学校や家庭にいる時、私たちは、自分が荒れ果てたような現実の中に置かれていること、自分が何かの守りを必要としていること、そのことを覚えることがあるのではないかと思うのです。

私たち一人一人は、本当に自分を守ってくれる存在、その存在を必要としています。これは、全ての人がそうです。その人を囲って、いたわり、ひとみのように守る。それほどに、私たちを愛してくださり、大切にしてくださる方を必要としています。今日の聖書の言葉を語っているのは、モーセという人です。有名な十戒というアメリカの映画にも出て来ました。ご存知の方もおられるかもしれません。モーセは、当時のイスラエルの人たちの指導者でした。大変大きな苦労をしました。イスラエルの人たちを守るために、死ぬほどの苦労をした人です。

しかし、そのモーセがここで言っていることは、自分が一生懸命頑張ってこの人たちを守ってきたということではありませんでした。むしろ、神が守ってくださった。この方が、本当に御自分のひとみのように一人一人を大切に、強く愛し、守ったのだ、ということを言うのです。

私たちにとって、本当に自分を守ってくれる存在は何でしょうか。自分の家族や友達、いろいろな人たちの顔が思い浮かぶと思います。本当に私たちにとって支えとなる存在というのは、それぞれにあるでしょう。しかし、聖書が語ることは、そういう家族や友達を超えて、あなたを見つけようとされる、あなたを守ろうとされる神がおられるということです。あなたを見つけ、あなたを囲み、いたわり、守ってくださる。それが、聖書の神です。

神様は、時代や場所を超えて、今も私たち一人一人を愛され、守ってくださる方です。神様は、独り子であるイエス・キリストを救い主として、私たちのためにお送りくださいました。神は私たちを守るために、御自分の最も大切な独り子を、私たちのためにお送りくださいました。

荒れ野のような現実に置かれている私たちは、飢え渇いています。荒れ野は、実際に飲み水も無いところです。そのように私たちも荒れ野のような現実の中で、魂の飢え渇きを覚えること、何かを強く求めることがあると思うのです。

イエス・キリストは聖書の中でこう言われました。「渇いている人はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書に書いてあるとおり、その人の内から生きた水が川となって流れ出るようになる」。魂の渇きを覚える人はだれでも、イエス様のところに行っていただきたい。教会に行ってキリストに出会っていただきたいと思います。このキリストに出会えば、私たちは尽きることのない神様の愛と守りの中に置かれています。神はラジオを聞いているあなたを、ひとみのように大切に、強く守ろうとされます。

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