受けるより与える方が幸いである

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聖書の言葉

あなたがたもこのように働いて弱い者を助けるように、

また、主イエス御自身が「受けるよりは与える方が幸いである」と言われた言葉を思い出すようにと、わたしはいつも身をもって示してきました。

新約聖書 使徒言行録 20章35節

西牧夫によるメッセージ

受けるよりは与える方が幸いである

私たちは、〈与えるよりは受ける方が幸いだ〉と考えながら、どこかで「本当に、これでよいのだろうか」と感じて生きているのではないでしょうか。一方で、強い者が限りなく自己拡大して益々強くなり、他方では、弱い者が搾取され益々弱くなる社会的構造の中で、私たちは様々な苦しみを味わっています。

今朝は、「受けるより与える方が幸いである」、この聖書の言葉に耳を傾けてまいりたいと思います。

伝道者パウロ

これは、パウロという人物が伝える、主イエスの言葉です。パウロは、キリストとの出会いによって、劇的な回心に導かれ、キリストを宣べ伝える者として、福音を宣べ伝える伝道の旅にありました。パウロは、ある町では、「テント作り」(18章3節)をしながら、「苦労して、自分の手で稼いでいま」した(1コリント4章12節)。今朝の聖書箇所、使徒言行録20章33節以下で、パウロはこう語ります。「わたしは、他人の金銀や衣服をむさぼったことはありません。・・この手で、わたし自身の生活のためにも、共にいた人々のためにも働いたのです」と(33~34節)。

弱い者を助けるように

パウロは、労働で節くれ立った自分の両手を開いて見せながら、続けてこう語ります。「あなたがたもこのように働いて弱い者を助けるように、・・わたしはいつも身をもって示してきました」と(35節)。

彼は、単に自分の生活を支えるためだけでなく、「共にいた人々」、「弱い者」を助け支えるために働いたのでした。働ける者がしっかり働いて、働くことの出来ない「弱い者」を助け、支え合う。「共に生きる」その生き方を、パウロは自らの実際の生活で現しながら、キリストの福音を宣べ伝えていたのです。

労働の意義

「弱い者を助ける」。具体的にはどういうことでしょうか。文字通り、肉体的、精神的弱さや障碍のために、自分の力で生活出来ない人々を、助け支えることです。聖書では、旧約以来、保護されるべき社会的弱者や経済的拠り所を失った人々として、「孤児と寡婦」の存在が挙げられました。更に、配慮されるべき人として、忘れてはならない存在は、「寄留の外国人、寄留者」です。そのような人々を助け支え、共に生きるために、献げた物を配分し合うことを、教会はごく初期から実践して来ました。

ここには、自分の生活の糧を得るために留まらない、「弱い人々」をも経済的にも精神的にも援助し、支え、「共に生きる」ための、極めて現代的な労働の意義が提示されています。

「与える」自由

私たちは、自分の働きに対してそれ相応の報酬を受けて当然だと思っています。ある手紙で、パウロはこう語りました。「働きたくない者は、食べてはならない」(テサロニケの信徒への手紙二3章10節)。パウロが、ここで厳しく戒めるのは、自分で働くことが出来るにも拘わらず、わざと怠惰な生活をして、他人の世話になることです。実際、キリストを信じる共同体の中に、当時そういう人がいたからです。しかし、本来、働くということは、私たちが生きる上で、大切なことであり、大きな喜びでもあるのです。

失業問題、福祉問題などで苦しむ現代においても、パウロが提示する「共に生きる」在り方は、なお新しい生き方を私たちに示しています。誰にも媚びることなく、制限されることなく、利害を超えて、報いを求めず、無償で贈り「与える」ことが出来る自由な生き方。相手のために必要ならば、受けて当然の報酬とその権利を、自ら放棄して、相手に与えることが出来る程に自由な生き方です。それが、『受けるよりは与える方が幸いである』生き方です。

金銭の問題だけでなく、人間関係、社会的状況によって様々に制限される利害関係から、解放された自由な生き方。それが、パウロの宣べ伝えた「キリストの福音」による「共に生きる」生き方です。

イエス・キリストの生き方

神は、神の御子イエス・キリストを、私たちに無償で贈り与えて下さいました。イエス・キリストは、神の独り子としての当然の受けるべき誉れと栄光の権利を捨て、みずから謙り、貧しい一人の人間としてこの世に生まれて下さいました。そして、自らの命を与え尽くして、私たちの代わりに、十字架で死んで下さいました。この主イエスの生き方は、「与える」という一語に集約されます。それは、〈与えるよりは受ける方が幸いだ〉と考え生きている私たちを、その「貪り」の罪の縄目から解き放つためです。解き放ち、キリストの生き方である「与える」幸いに生かすためです。

無償の愛の世界

「受けるよりは与える方が幸いである」。パウロは、キリストの「与える」という生き方を、身をもって現して来ました。それは、自分が無償で「受けた」ものを、今度は相手に無償で「与える」生き方です。報酬や権利を主張して止まない私たちの社会の中で、イエス・キリストを信じる信仰によってこそ、「受けるよりは与える方が幸いである」という無償の愛の世界が、確かに造り出されて行くのです。

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