2月11日

ラジオ放送 キリストへの時間のトップページへ戻る

聖書の言葉

沈黙して主に向かい、主を待ち焦がれよ。 繁栄の道を行く者や 悪だくみをする者のことでいら立つな。

旧約聖書 詩編 37編7節

大西良嗣によるメッセージ

昨年の12月、私は、ハンガリーを訪れました。ハンガリーという国の名前は知っていましたが、どんな国であるのか、恥ずかしながら、あまりよく分かっていませんでした。私たち、日本キリスト改革派教会から、川瀬弓弦宣教師をハンガリーに送り出しています。そのために、今回、訪問をすることになりました。

川瀬先生の家庭や、働きの場所、またハンガリーの改革派教会を訪問するために、ハンガリーを訪れたのですが、その合間に、川瀬先生が観光スポットを案内してくれました。

その観光スポットの中で、特に印象に残ったのは、「恐怖の館」という場所です。「恐怖の館」という名前を聞いて、皆さんはどんな観光スポットを思い浮かべるでしょうか?お化け屋敷か何かを思い浮かべるような名前です。ハンガリーには、古くからの街並みが残っていますから、中世の時代の処刑場でもあったのだろうか、などと、想像を掻き立てられます。

実は、この「恐怖の館」という名前は、ハンガリーの近現代の歴史を背景にしています。第二次世界大戦中、ハンガリーは、ナチス・ドイツの側につきました。当時、ハンガリー版のナチス政党の本部があった建物が、この「恐怖の館」でした。この政党が政権を取りますと、数百人が「恐怖の館」の地下で拷問を受けたそうです。また当時、多くのユダヤ人がハンガリーで虐殺されました。ハンガリーの負の歴史、恐怖の歴史を代表する建物が、この「恐怖の館」であったわけです。

これだけでも、「恐怖の館」という場所が、どれほどハンガリーの人たちにとって痛みを伴うものであるかが分かります。

実は、それだけでなく、「恐怖の館」には、もう一つの歴史があります。第二次大戦後、ハンガリーはソビエト連邦の支配下に置かれました。ハンガリー共産党の政権下におきまして、「恐怖の館」は秘密警察によって使われました。当時、厳しい思想統制が行われました。「恐怖の館」の地下牢に、多くの人が捕らえられ、長期間にわたる拷問を受けて、思想的に転向させられました。「恐怖の館」という名前は、共産主義体制下の「恐怖」をも表しているのです。

現在、この建物は、博物館になっています。このような歴史的な背景から、「恐怖の館」という名前が付けられて、その歴史を展示する博物館になっています。

ハンガリーという国は、いわゆる「キリスト教国」です。長いキリスト教の歴史があります。しかし、ナチスの政権下、また共産主義の政権下の時代には、純粋なキリスト教信仰を自由に表明することができませんでした。国家の顔色をうかがいながら、信仰の歩みを続けなければなりませんでした。

今日は、2月11日です。「建国記念の日」ですが、戦前は「紀元節」と呼ばれていました。日本神話にもとづいて、この日に日本が建国されたとされています。こうした国家神道的な記念日が、国の祝日とされていることに、日本のキリスト教会は、ある種の「恐怖」を感じます。自由にキリスト教信仰を表明できず、国家の顔色をうかがいながら信仰の歩みを続けなければならなかった戦前を思い起こすからです。日本も、ハンガリーほど長期にわたってではありませんが、「恐怖の館」のような「恐怖」を経験した歴史を持っています。2月11日には、特にそのことを思い起こされます。

「沈黙して主に向かい、主を待ち焦がれよ」という聖書の言葉を最初に読みました。この言葉が書かれたとき、悪を行なう者が力を持っている時期が、長く続いていたようです。まことに力のある神である主が、その力を表してくださることが「待ち焦がれ」ました。そんな辛い時期が、永遠に続くように感じられたかもしれません。

しかし、この言葉の続きに、こうあります。「しばらくすれば、主に逆らう者は消え去る。彼のいたところを調べてみよ、彼は消え去っている。」人間の支配力は、どれほど強いものに見えたとしても、永遠に続くものではありません。

私たちも、理不尽に、誰かの力によって押さえつけられることがあるかもしれません。しかし、神である主に信頼する歩みを続けているならば、希望が失われることはありません。しばらくは忍耐が必要であることでしょう。しかし「しばらくすれば」、まことの神である主が、その力を表してくださいます。

関連する番組