父親のまなざし

キリストへの時間のトップページへ戻る

聖書の言葉

主は人の一歩一歩を定め

御旨にかなう道を備えてくださる。

人は倒れても、打ち捨てられるのではない。

主がその手をとらえていてくださる。

旧約聖書 詩編 37編23節

山中恵一によるメッセージ

まだ、新年の挨拶でもいいでしょうか?新年あけましておめでとうございます。先週から、今年の放送が始まりました。昨年に引き続き、「父親の眼差し」というシリーズでお話しさせて頂いています。子育てパパの視点から、今朝も聖書のお話を紹介いたします。

一歳を過ぎたあたりから、ウチの子供もいよいよ歩き出しました。ハイハイをしていた時の景色とは、まったく違う風景に、ニヤリと笑いながらですね、大きな頭を左右に振って、力強く、そして可愛らしく、世界の広がりを楽しんでいるかのようです。まぁ、しかし、その姿は、見ていて、かわいいだけではありませんね。たどたどしく、そして、危なっかしい場面がしょっちゅうあります。

今朝、お読みした聖書の箇所も、「歩く」ということが取り上げられていました。「主は人の一歩一歩を定め御旨にかなう道を備えてくださる。」ここで言われているのは、わたし達の生き方のことです。私はよちよち歩きの息子と比べて、だいぶ上手に歩けるつもりですけれど、人生をどのように歩いているか、というと、案外、息子と同じようなたどたどしい歩みをしているのではないかなぁ、と思います。おそらく、神様の目には、うちの子供以上に、危なっかしくてハラハラする、歩き方のなっていない男として、私は映っているんじゃないかなぁと思います。今日の御言葉が言う、人生という道の歩き方。その歩き方の上手い、下手というのは、世間一般でいう成功とか勝ち組とか言われる道のりについてのものではありません。わたしたちが、大人になってもなかなか歩き方が上達しない道のり。それは、神様から喜んでいただけるような人生であるか?どうか?という道のりです。

この道のりへと足を踏み出すなら、神様はその一歩一歩を応援してくださるというんですね。これまで、ラジオを聞かれて、あるいは教会に行かれて、神様からおすすめされる生き方をやってみよう、と思われたことのある方もいらっしゃるんじゃないでしょうか?ない方は、ぜひ、やってみてください。神様はその道のりを手厚くサポートしてくださいます。歩き始めの子供をサポートする父親のように、行く手を阻む障害物を取り除いて、危険なものを遠ざけて、神様はその一歩、一歩に注意を払って、あなたが進んでいけるルートを提供してくださいます。神様に喜んで頂けるような人生の歩み。その歩みを神様ご自身が応援してくださいます。

ただ、今朝の聖書箇所の後半部分では、このように言われていました。「人は倒れても、打ち捨てられるのではない。」神様に従おうとする道で、倒れてしまう場合がある、というんですね。すっころぶわけです。スッテ―ンといって。ウチの息子のように。

しょっちゅう転ぶウチの子を見ていると、神様に従う道のりで転ぶ時というのは、どこか子供が転ぶのと似ているような気がします。子供は転ぶと泣きます。その理由は様々です。転んだときの痛みによって涙が流れます。突然のことが起きた驚きによって泣くことがあります。そして、1歳児であっても、歩くことが上手くできなかったという悔しさによって、涙を流すんですね。神様に従う道のり、そこにも、痛みや、驚きや、悔しさが込み上げてくる、そういう失敗があるんですね。

しかし、聖書は言います。「人は倒れても打ち捨てられるのではない。主がその手をとらえていてくださる。」神様に従う道。そこで、私達は転倒することがあるのですが、そのまま放っておかれて、捨てられてしまうなんてことはない。むしろ、転んで倒れたその手には、しっかりと神様の手が差し出されていて、そして、その手は、あなたをしっかりと捉えている、こう聖書は言うわけです。ありがたいですね。転んだ子供は、差し出された親の手をつかみます。その手を握って、よいこらしょと立ち上がります。でも、その時実は、親の手が子供を引っ張り上げているんですね。子供の踏ん張りとは関係なしに、親の手は、子供を立ち上がらせることができます。神様に従う道を進もうとするあなたの手を神様はしっかりととらえておられます。そして、あなたの祈りに応えて、かならず、神様はあなたを引き上げて、立ち上がらせてくださいます。

「神様に喜んで頂きたい」「神様の言われることに従ってみよう。」そう思って一年を始めても、わたし達は途中で、転ぶかもしれません。倒れてしまうかもしれません。しかし、倒れてしまったそのあなたに、神様の手が伸ばされていることを知っておいてください。私達の一歩一歩を定めて、わたし達を捉えてくださる手が、そこにあることを知っているなら、私達は倒れたところで祈ることができます。目に涙をためながら、抱っこしてと両手を上げる子供のように、私達もまた、涙と共に「ここから私を引き起こしてください」と祈ることができます。あなたの一年の歩みが、神様の手の力強さと、温もりを知る歩みとなりますように。