地の実りを味わう

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聖書の言葉

『主は必ず良いものをお与えになり

わたしたちの地は実りをもたらします。』

旧約聖書 詩編 85編13節

山口耕平によるメッセージ

秋の深まりを感じる日々、いかがお過ごしでしょうか。私が住んでいる宝塚市の北部、西谷地域では、今、様々な実りの時期を迎えています。この1か月ほどは、西谷のみならず、あちらこちらでその実りを味わうイベントなどが企画されているようで、地域の方々がその準備に忙しくなされています。

今年教会では、バケツを使って種からお米を育てることに挑戦しました。「バケツ稲」と呼ばれる全農さんの企画なのですが、その挑戦の中心にと考えていたお子さん方からはあっさりと「興味がない」と言われてしまいました。よくよく考えればそれもそのはずで、自分のおうちやその近所、お友達の家で、いつもお米を育てているからです。

そこでまずは、私たち夫婦で取りくんでみようということになりました。4月に54粒の種もみから始め、芽が出たのはそのうちの53粒。ここまではとても順調でした。ただ、苗として成長してくれたのはわずかに14粒。バケツに植えることが出来たのは9本の苗でした。育てるどころか、既にその準備の時点で稲作の難しさを知りました。

その反面、意外なところで育てられたこともありました。それは私たち教会のご近所の皆さまとの関係性です。教会で稲を育てていると、ご近所の方から声をかけて頂くことが多くありました。おそらく慣れない姿であれこれしている姿が見ていられなかったのだと思います。

苗を植えるための専用の土や、また使うバケツは透明なほうがよいなど、様々なアドバイスも頂きました。透明なバケツを使うのは成長の度合いを観察するためなのだそうです。中には枯れた苗の話を聞いてくださって、余った苗をあげようかと申し出てくださった方までおられました。本当に思いがけず、ご近所の方々から多くのお心遣いを頂きました。

私たちの日々は、時に思うとおりにならないことの連続です。ただ、聖書は、主が良いものをお与えになる。そう断言しています。しかも必ずです。それはなぜでしょうか。それはすべてのものをその御心において良く造られた神がわたしばかりではなく、わたしたちの主人であるからです。すべてを良くお造りになられたお方が、主として私たちを守り、育んで下さる。だからその主は必ず良いものをお与えになり、わたしたちの地は実りをもたらす。そう聖書は告げています。

私たち夫婦にとってのバケツでのお米作りはまさにそうで、思い描いていた未来と違っていました。種から育った苗の数は少なくなりましたが、主はそのことをも用いて、より多くのご近所さんとの関係を育んでくださったのです。そしてそれは紛れもなく私たちにとって有り余るほどの良いことでした。

夏は夏で、今年も本当に暑い夏でした。その夏のはじめのころは雨も少なく、まわりの農家さんたちが懸命に川からポンプで水を入れておられたお姿を今でも思いだします。そのようなこともあって、今年はけっこう豊作だというお話を伺いました。教会のお米もおかげさまで、準備をした54粒から、その100倍を超える6000粒ほどを収穫することができました。

100倍だ、6000粒だなどと申し上げると多く聞こえるのですが、炊けばご飯茶碗で2杯にも満たないほどの量です。そのこともまた、なんだか気の毒に思われたのでしょう。ご近所の方からそれとなくさつまいもを頂きました。その米と一緒にお粥にして、礼拝のあと教会の皆さんで恵みの主に感謝して頂きました。

主は必ず良いものをお与えになり

わたしたちの地は実りをもたらします。

今年の歩みも残りわずかです。お聞きの皆さまの中には今年様々なご苦労のおありになった方もおられることと思います。そのような中、皆さまの味わわれた良いもの、また実りとはなんだったでしょうか。よければ教会までお運びください。またメールでもお教えくだされば嬉しいです。皆さまからのお声をお待ちしています。

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