白髪になるまで背負ってくださる神様
寺川和宏
- 奈良教会 定住伝道者
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同じように、わたしはあなたたちの老いる日まで 白髪になるまで、背負って行こう。 わたしはあなたたちを造った。 わたしが担い、背負い、救い出す。
旧約聖書 イザヤ書 46章4節
おはようございます。わたしは奈良教会の定住伝道者の寺川と申します。宜しくお願いいたします。先週と今週と2回に分けて、旧約聖書イザヤ書の御言葉より学ばせて頂きたいと思います。
先週、わたしたち一人ひとりを含めて、すべてを創造された神様御自身が、わたしたちが生まれたときから、母の胎を出た時から、すでに、愛をもって背負っていてくださっていたということ。
つまり、わたしたちが、神様を知る、はるか前から、すでに、神様は、わたしたちを愛していてくださり、背負っていてくださっていたということです。同時に、わたしたちは、神様より愛される存在であったということを学びました。
本日は、その続きとなります。本日の箇所で、主なる神様は、「同じように、わたしはあなたたちの老いる日まで白髪になるまで、背負って行こう。」と言われているのです。
わたしたち人間で考えていくなら、子どもが生まれて、小さな頃は、子どもを抱っこしたり、背負ったりするのだと思います。しかし、中学、高校と徐々に大きくなってくるとどうでしょうか。
大きくなるに連れ、大人たちが背負うということはなくなり、自分で歩くようになります。
また、大きくなるにつれて、自分が頼れるものは減っていき、自分でなんとかしなければならなくなってくるのです。もっと言えば、歳を重ねて、経験を積んで行く中で、背負われる側から、今度は、自分が背負っていく側になっていくのだと思います。
しかしながら、本日の聖書の箇所で、主なる神様は、わたしたちが生まれて、子供のときだけ背負ってくださるのではなく、歳をとって、白髪になったとしても、ずっと背負っていこう。
もっと言うのならば、主イエス・キリストを信じ、神の子とされることで、わたしたちが死んだ先でも、天の国で、わたしたち一人ひとりと共にいてくださるお方なのです。
また、本日の箇所では続きがありますので、もう一度、4節をお聞きください。
「同じように、わたしはあなたたちの老いる日まで白髪になるまで、背負って行こう。わたしはあなたたちを造った。わたしが担い、背負い、救い出す。」
主なる神様は、わたしたちが生まれたときから、老いて白髪になるまで、背負い続けてくださるだけではありません。わたしたちを創造された、力ある、神様御自身が、わたしたち一人ひとりを、担ってくださり、背負ってくださり、救い出してくださるのだと宣言しておられるのです。
わたし自身、奈良教会に遣わされて4年目となりました。しかしながら、わたし自身は、いつも、教会員のみなさまや、委員のみなさまの助けによって、なんとか、日々、乗り越えることが出来ているように思います。いつも、自分の力不足を感じては、もっと、知恵や力が与えられていればと思うことも多いです。しかし、宗教改革者のカルヴァンは、神様に頼ることについてこのように教えていますのでお聞きください。
「私たちの信仰によれば、私たちがすべての徳が脱がされ、剥ぎとられるのは、すべてを神に着せていただくためです。
私たちが何も持たないのは、すべてを神に満たしていただくためです。
私たちが罪の奴隷でいるのは、神によって解放していただくためです。
私たちが目が見えないままでいるのは、神によって見るべきものを明らかにしていただくためです。私たちが足が不自由であるのは、神によってしっかりと導いていただくためです。
私たちがいかにも弱々しいのは、神に支えていただくためです。
私たちのすべての誇りは取り去られ、ただ、神ひとりだけに栄光が帰せられ、
崇められるのは、私たちが神においてこそ、自らを誇るべきことを知り、
そのことを自覚するためです。これ以上に信仰的な態度はないはずです。」
宗教改革者カルヴァンは、わたしたちに欠けや、足りない部分があるのは、わたしたちがすべて神に頼るためであると教えています。
確かに、わたしたち一人ひとりが、神様のように自分で何でも出来るような存在で、知恵も力も完全であるならば、わたしたちは神様に頼ることはないのだと思います。
それどころか、自分自身を創造してくださった神様に感謝をすることもなく、わたしはこんなにすごい存在なのだと、ただ、自分自身を誇るのだと思います。
これに対して、わたしたち一人ひとりに何らかの欠けがあり、力も知恵も、小さく弱い存在であるならどうでしょうか。わたしたちは自分自身を誇ることなく、すべてを創造してくださった神様に心を向けて助けを求め、頼ることが出来るのです。
今回の聖書の御言葉より、わたしたちを神の子としてくださる神様は、わたしたちが生まれたときから、白髪になるまで、ずっと背負い続け、愛をもって助け支えてくださるお方であることを覚えることが出来ました。
主イエス・キリストは、御自分以外、父なる神様を知る者はいないと言われました。つまり、神様の真理を、わたしたちに教えることが出来るのは、キリストのみであるということです。
どうか、わたしたち一人ひとりに聖霊が豊かに注がれ、主イエス・キリストを信じ、神の子として、神様に背負われる喜びを覚えつつ、わたしたちを救ってくださる、神様に頼りながら共に歩ませて頂きたいと心から願います。