私の存在を喜ばれる神様
金主恵
- 板宿教会 定住伝道者
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「お前の主なる神はお前のただ中におられ / 勇士であって勝利を与えられる。
主はお前のゆえに喜び楽しみ / 愛によってお前を新たにし
お前のゆえに喜びの歌をもって楽しまれる。」
旧約聖書 ゼファニヤ書 3章17節
わたしが牧師になりたいと思ったのは、高校2年生の時です。それまでは、ただ幼児洗礼を受け、クリスチャンの家庭で育った普通の子でした。幼い時から両親に連れられ、毎週教会に通って礼拝をし、小学生の聖歌隊や吹奏楽部に所属し、ただなんとなく神様の存在を信じ過ごしていました。そんなある日、神様の存在を体験するきっかけがありました。それは、高校2年生の信仰告白を受けた直後、クラスでのいじめが少しずつ始まるころでした。理由も分からず突然、無視をされ、あからさまに聞こえるところで悪口を言われるようになりました。信仰告白をしたばかりの私には耐えられない苦しみで、涙のあふれる時間でした。そんなある日、苦しい平日から解放される休日にボーっと窓を見つめていると、何か口ずさみながら眠りにつく自分の姿に気づきました。何を口ずさんでいるのかは、すぐ知ることができました。それは賛美です。賛美を歌うと悲しい気持ちは消えていき、不安や悩みも消え、眠りにつくことができていました。その姿を見て、不思議な気持ちになりました。悲しみや苦しみがあるときも、自分は賛美を口ずさんでいるんだと知りました。では、その賛美を通して誰が眠りにつかせてくれているのかなと考えたとき、神様だと確信することができました。神様は、賛美を通して私に癒しを与えてくださいました。どんな時も共におられ、いかなる時も癒しを与える神様であることに気づかせるため、この苦しみを与えてくださったのだと私は思いました。感謝があふれ、祈りをささげました。「神様、苦しい時に私は一人だと思っていました。放って置かれたとおもいました。しかし、あなたはいつもそばにいて、様々な仕方で私を支え癒して下さっていたのですね。感謝します。」。祈る中で、信仰の目は開かれ、神様がいつも共にいて、守ってくださり、愛してくださっていることを心から信じることができました。いじめの状況はすぐに変わった訳ではありませんが、神様はマタイによる福音書22章39節「自分自身を愛するように隣人を愛しなさい」という御言葉を与えて下さり、クラスのために祈り始めるよう導かれました。また、同時に様々な苦しみを受け、悲しみにあふれている人々に、どんな時も共にいて下さる神様の大きな愛、そこにある変わらない平安と希望を伝える人になりたいという夢が与えられました。その夢は、6年後に叶えられ、神戸改革派神学校に入学することができ、今は定住伝道者として頑張っています。
神学校に入学するためには、当然ながら試験があります。その中で、一番感動した試験がウェストミンスター小教理問答を覚えることです。過去、中高生会で小教理問答を教えてもらっていましたが、少し反抗期だったので右から左へ聞き流していました。そのため試験のおかげで、初めて自ら小教理問答を手に取り、読み進めると、ものすごく楽しかったです。なぜなら、今まで自分が信じてきた事柄が、問答で分かりやすい言葉としてまとめられていたからです。ウェストミンスター小教理問答は、この問いで始まります。
問1:人間の主要な目的は何ですか。
答1:人間の主要な目的は、神の栄光をたたえ、永遠に神を喜ぶことです。
すべての人は、何のために存在しているのか。存在そのものの目的は何であるのか。それは、「神の栄光をあらわす」ことと「永遠に神を喜ぶ」ことであると、小教理問答は告白します。神様は、ご自身の栄光をあらわす場として礼拝を備えてくださいました。私たちは、神様が招いて下さる礼拝の場で神様の栄光をあらわし、神様に従って生きます。そして、礼拝の場だけでなく、日々の生活の中で生きて働いておられる神様を知り、味わい、絶えず楽しみ喜ぶ存在です。なぜなら、神様がまず、私たち一人一人の存在をとても喜んでくださっているからです。私たちの存在を喜んで下さる神様を示している一つの箇所が、今日お読みしたゼファニヤ書3章17節です。私たちのただ中におられる神様は、勇士であって勝利を与えられる方です。つまり、救いを与えられる全能者です。どんな状況にあっても、どんなに辛い状況にあっても究極的な安全を与えられる全能者なる神様が私たちと共におられます。共におられる神様が私たちを日々新しくしてくれます。神様と人を心から愛する事のできない罪の中にある私たちを救ってくださいます。救いを与えてくださる神様が私たちを通して、喜び楽しみ、喜び歌われます。なぜなら、私たち一人一人を心から愛しているからです。そこには何一つ条件はありません。ただ私たちの存在をとてもとても愛してくださっています。
暑い日差しよりも、私たちを無条件で心から熱く愛し、私たちの存在をとても喜ばれている神様に皆様が今日も出会うことができますように。どんな時も共にいてくださる神様の平安で今日も心が満たされますように。その大きな愛と平安を受け取って神様を礼拝し、絶えず喜ぶことができますようにお祈りしています。