ハイジ(2) 祈りが聞かれるとき
7また、あなたがたが祈るときは、異邦人のようにくどくどと述べてはならない。異邦人は、言葉数が多ければ、聞き入れられると思い込んでいる。 8彼らのまねをしてはならない。あなたがたの父は、願う前から、あなたがたに必要なものをご存じなのだ。
新約聖書 マタイによる福音書 6章7節-8節
前回に続いて「ハイジ」という作品からお話しをしたいと思います。
物語の後半で、ハイジが聖書に描かれている「放蕩息子のたとえ」を読み聞かせてあげたことで、おじいさんの心が神様へと向けられ、神様の愛のもとに帰っていくことができました。そのように、おじいさんの心を開いたのは聖書にある「放蕩息子のたとえ」でした。
ハイジは、おじいさんに「放蕩息子のたとえ」を読み聞かせてあげましたけれども、ハイジは最初から文字が読めたわけではありませんでした。ハイジが文字を読むことができるようになったのは、フランクフルトに滞在していた時のことです。
そのきっかけは、滞在先のゼーゼマン家で「大奥様」と呼ばれているおばあさんが、ハイジに聖書をくれたことにあります。そのおばあさんは、ハイジにとても親切にしてくれました。当時、ハイジはアルプスの山に帰りたくてホームシックになっていました。しまいには、山が恋しくて恋しくて夢遊病になってしまうほどでした。けれども、そのおばあさんがくれた聖書に描かれたひとつの挿絵を見たことから、ハイジは「この物語が読めるようになりたい」と思うようになります。そこには、きれいな緑の牧場が描かれていました。いろんな動物があちこちにいて、緑の草をはんだり、茂みの葉をむしったりしています。真ん中に羊飼いがひとり、長い杖にもたれて立ち、楽しそうな動物たちを眺めています。なにもかもが金の光に包まれて描かれていました。後ろの地平線にちょうど太陽が沈むところだったのです。
ハイジはその挿絵を見て、アルプスの山に思いを馳せ、大粒の涙があふれてきました。そして、どれだけ勉強しても文字が覚えられないこと、そして今、大きな悩みを抱えていることを打ち明けることができたのです。
ハイジがおばあさんに悩みを打ち明けた時に、おばあさんはハイジに対して、神様にお祈りをすることを勧めてくれました。
「誰にも言えない悲しいことや困ったことがあったら、天の神様に聞いていただくの。誰にも助けてもらえないと思っていても、いつでも神様のところへ行って何もかもお話しして、助けてくださいってお願いできるのよ!そして、神様は、わたしたちがまた嬉しくなるようにしてくださるのよ!」。
その勧めを聞いて、ハイジは自分の部屋に戻って、心をしめつけている悲しいことをすべて神様に打ち明けていきます。どうかお助けくださるよう、うちへ、おじいさんのところへ帰らせてくださるよう、一心にお祈りしたのでした。
この出来事をきっかけにして、ハイジはだんだんと文字が読めるようになってきました。あの美しい挿絵が描かれた物語を読めるようになりたい、そこに描かれている羊飼いや動物たちがどんなめずらしいことに出会うのか、それを知りたいという思いから、今までどうしても覚えることのできなかった文字を、読めるようになってきたのです。
ところが、ハイジはある時から、お祈りすることをやめてしまっていました。山に帰りたい、おじいさんのところに帰りたい。その思いが、すぐには叶えられなかったからです。「きっと神様にはお祈りが届いていないんだ」とハイジは考えていました。けれども、おばあさんはその様子に気がついてハイジを諭します。
「ハイジ、そうじゃないのよ!そう思ってはいけないわ!あのね、神様はね、わたしたちみんなの素晴らしいお父様なのよ。何が私たちによいことなのか、わたしたちは自分ではわからないけれど、神様はご存じなの!」。
こうして、ハイジはおばあさんの言葉に励まされて、再びお祈りをするようになりました。その時が来たら助けがある。そう信じて、お祈りをやめてしまったことを神様にお詫びして、再び神様と共に歩むようになったのです。
実際、ハイジが最初に願った通りに、すぐにアルプスの山に帰ることが叶えられていたとしたら、ハイジは聖書をしっかりと読めるようになってはいなかったでしょう。おじいさんに「放蕩息子のたとえ」を読み聞かせてあげることもできなかったはずです。神様は、ハイジにとって最も良いタイミングをご存知で、ハイジが想像していた以上の喜びを、後に備えておられたのです。このとき、ハイジが聖書に見た美しい挿絵の物語こそ、「放蕩息子のたとえ」でした。その物語が、後におじいさんを礼拝に導くきっかけになったのです。
ここに描かれている「ハイジ」のエピソードは、神様のお姿をよく表していると思います。イエス様は、神様について「あなたがたの父は、願う前から、あなたがたに必要なものをご存知なのだ」と仰いました。その通りに、私たちの思いを超えて、私たちに最も良い計画を備えておられるのが、聖書の伝える神様のお姿です。
神様との交わりの中で、神様とお話しをする。これが「祈る」ということです。私たちは祈ることによって、私たちの父である神様と毎日を過ごすことができます。神様と私たちとの関係は、親子の関係です。私たちは、神様の子どもとして、素直になんでも打ち明けながら、神様と一緒に歩むことができるのです。その、神様と出会い、交わりを深める場が、教会でささげられている礼拝なのです。ですから、これを聞いている皆様、ぜひお近くの教会へいらしてください。神様は喜んであなたを迎え入れて、あなたと対話をしてくださいます。そして、対話をしてくださった上で、全てをご存じの神様が、本当に必要なものを、最も良いときに備えてくださる。そういう慰めが私たちには与えられているのです。