隣人を自分のように愛しなさい
松田義人
- 西神教会 長老・信徒説教者
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イエスは言われた。「『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』これが最も重要な第一の掟である。第二もこれと同じように重要である。『隣人を自分のように愛しなさい。』律法全体と預言者は、この二つの掟に基づいている。」
新約聖書 マタイによる福音書 22章37節-40節
宗教という時に、私たち日本人は秘められた事柄と思いがちです。神は隠れた神、私たちの知らないところで働く神、見えない、わからない神だから御利益を求める時には私たちから何か働きかけなければならないと考えるのではないでしょうか。
でも、聖書の神はそうではありません。神の方から、その姿、意思を明らかに示される神です。神とはどのようなお方であるか、聖書は語ります。聖書は神がこの世界、そして私たち人間を創造されたと語ります。そして、聖書を通して神は私たちとどのように関わってくださるのかを示されます。
私たち人間は近代科学が確立する前にはわからないことは全て神の業と考え宗教を重んじていました。しかし科学の発展によって、今度は人間の理性によって何でも理解できると考え出しました。そして、自然現象だけでなく人間の命、思考までも、医学の発展が、AIの進展が覆い尽くすのかのように思うようになってきました。しかし、一方で科学が発展すればするほど、例えば自然であれ人体についてでも人間が知ることができることが、いかにわずかなものに過ぎないかが明らかになってきています。
また、科学技術の発展は我々に幸せをもたらしているのでしょうか。ある人々、分野においては便利さ、快適さをもたらしているかも知れません。しかし、一方で地球環境や他の人々に不幸をもたらしていることがあるのではないでしょうか。
何故なら、私たち人間の思考、行動は自分中心であり、自己の利益を求めることに終始してしまうからです。その最たるものが戦争です。戦争には「正義」が主張されます。自国の、自分たちの利益こそを正義だとするものです。科学が発展しても、残念ながら、それを用いる我々人間がここから抜け出せない以上、本当の平和、平安は実現しません。それは、私たちの身近な生活においても同じではないでしょうか。
私たち人間は世界を創造された神の存在を知るのでなければ、この蟻地獄から脱出することはできません。ある宇宙物理学者が「世界を外から見る必要」を説いておられました。すなわち、全てを自分たち、人間中心に見るのではなく、我々人間を、世界や宇宙までをも創造された神の存在から見るということです。私たち人間の正義とは自己中心的です。ですから、必ず人間同士の対立、紛争が生じます。そうではなく、我々人間の上におられる神を覚える時に、自らの身勝手さを知ることができるのです。神は全世界、全宇宙をご支配なさっています。ある人々、ある国だけを見ておられるのではなく、全てに平和を、調和を与えてくださる方です。
聖書にはその神が私たち人間に示された律法・掟が記されています。その代表が旧約聖書に示された「十戒」です。私たち人間が守るべき掟として与えられたものです。それ以外にも細かな規則、法も示されていますが、これらの主旨を主イエスが要約してくださいました。本日の聖書の言葉を今一度お読みください。主イエスは「神を愛すること」と「隣人を自分のように愛すること」、この二つに律法全体は基づいているとおっしゃったのです。神の掟、神が人間に求めることは、この二つに基づくということです。
自分の存在を創造主たる神から見ると、いかに小さく、弱く、神の意志から離れた者なのかを覚えます。これが正義、善と思ったことが他から見るとそうではない。しかし、それが人間の限界だと開き直る自分がそこにいます。今一度、我々を創造し、我々を用いて世界を守ってくださる神の存在、意志を覚えるべきではないでしょうか。
もう一つが、「隣人を愛する」ということです。これは当然のことだと思われます。しかし、現実は「隣人とは誰か」と勝手に枠をつくり、自分にとっての隣人を作りあげてしまいます。そこからは差別、憎しみしか出てきません。また、どこまで愛すべきなのか、この点でも、ここまですれば十分だと思ってしまいます。まずは、自分を守ることが第一なのだと、ここでも開き直るのです。これは、私自身の姿です。聖書で「罪」という時に、それは神から離れること、神の意志を否定することを意味します。すると、神の掟が「神を愛すること」「隣人を自分のように愛すること」に要約されるのですから、私自身、まさに罪人であると告白し悔い改めなければなりません。
聖書は、主イエスが、この神の掟を完全に守り、私たちの罪を自らの命をもって贖ってくださったと語ります。ただ、お前たちは罪人だと神は責めるのではありません。私たち、罪人を救うために救い主、イエス・キリストを与えてくださったのです。これが「福音」、良き知らせなのです。今の社会、世界の様子は我々人間の罪深さを露わにしています。これを打ち破る力は、私たちが創造主たる神を崇め、神の掟である「隣人を自分のように愛する」ことから与えられるのです。まずは、目の前にいる様々な弱さを覚える人々に目を向けていくことです。そして、いつも自らの不完全さ、罪深さを悔い改めつつ、やれることをなしていくことです。
今日の御言葉を神からあなたに与えられた言葉として考えていただきたいと思います。