日本最初の「良心的兵役拒否者」-矢部喜好

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高間満によるメッセージ

「キリストへの時間」をお聴きの皆様、おはようございます。

今朝はキリスト教平和主義に立った、わが国最初の良心的兵役拒否者である矢部喜好(1884~1935)という人の信仰と生涯について、お話ししたいと思います。

矢部喜好は、1884(明治17)年に福島県に生まれました。そして日露戦争前夜の会津中学(旧制中学5年)の頃、「末世の福音教会」(現在のセブンスデー・アドベンチスト教会)のF.W.フィールド宣教師から洗礼を受け、キリスト教に入信しました。純真そのものの矢部は良心の至上命令に従って、平和運動に淡々と邁進し、十戒の第六の戒めである「殺してはならない」という神の教えをひたすらに実行しました。すなわち矢部は会津若松の街頭に立って、聖書の教える「戦争反対」を叫び続けました。彼は群衆から非国民と言われ、売国奴と罵られ、石を投げつけられ、また泥の土の中に押し倒されなどしましたが、屈しませんでした(田畑1972:119)。

そして1905(明治38)年1月、仙台連隊への入隊の召集令状を受けると、決死の覚悟で連隊長を訪れ、自分は良心的に兵役を受けることができない、という告白をしました。その結果、徴兵を拒否した者として、若松区裁判所で軽禁固2カ月の判決を受けて、若松監獄に収容されました。さらに出獄後、仙台第二師団長の説得に対しても、良心的戦争拒否の信仰を曲げることがありませんでした。そのため師団長は、矢部の決意を変えることができないとして、やむをえず衛生兵にすることにしました(田畑1972:120)。

このように矢部をして良心的戦争拒否の行動に至らせたのは、ただ十戒の第六の戒めである「殺してはならない」という神様の教えによるものでした。それは当時の土曜安息日遵守など「末世の福音教会」の十戒厳守の堅固な信仰に基づくものでもあります。矢部喜好が日本における最初の良心的兵役拒否者といわれる理由がここにあります。

矢部はこの体験を通じて、信仰に徹し切った明朗さと喜びを表情に示した「喜好」という名前そのものの人格を形成していきました。そして農山村伝道に約1年従事した後、アメリカに約10年、留学生活をしました。銀行のハウスボーイとして働きながら勉学に励みますが、猩紅熱に感染しました。まだ抗生物質のなかった当時、猩紅熱は危険な病気でした。矢部は生死の境をさまよいますが、約1か月後、まだ面会謝絶のある日、隣室から当時アメリカ同胞教会外国伝道部長であったエドガー・ニップ宣教師が話しかけてきました。「日本の琵琶湖畔に開拓伝道者として遣わされた者が、君と同じ猩紅熱にかかり、大津で志し半ばで亡くなった」というものでした。この時の出会いにより、矢部はシカゴ大学を卒業後、1915(大正4)年の秋に帰国しました。そして彼は大津市膳所を根拠地として、琵琶湖畔の伝道に従事しました。いつもにこにこし、シカゴ大学時代には学友たちから「太陽の人」(ザ・サニーマン)というニックネームをもらっていた、まさに太陽のような存在であった矢部は、湖畔に夏季学校を開いて福音を伝え、また賀川豊彦らとともに農民福音学校を主宰し、ささやかな形で社会改良運動にも従事しました(田畑1972:120)。

そのような伝道活動、社会改良運動に専念していた矢部は、1935(昭和10)年8月17日に病を得て、入院しました。入院後も教会員のカードを繰りながら一人一人のために祈りますが、ついに9日後の26日に永眠しました。その日の午後1時すぎ、突然目を開いて「見える、見える天国が」「イエス様が見える」と言い、最後に「バンザーイ」と叫んだと言われています。死因は胃潰瘍と余病の併発でした。神様に導かれた祝福に満ちた51歳の生涯でした(日本キリスト教団大津教会ホームページ)。

さて本日の聖書箇所である出エジプト記20章13節の「あなたは殺してはならない」という御言葉は、同じく旧約聖書の申命記5章17節にも記されています。神様はなぜ「殺してはならない」とわたしたちに教えているのでしょうか。それはそもそも「命」は人間のものではなく、神様のものであるからです。創世記1章に記されていますように、神様は天地を造り、海と空と陸地、その中にあるすべてものを造られました。自然環境もそこに生きる生命もすべて神様が創造されました。したがって「命」は神様のものです。神様からの賜物です。したがって、人間が神様からの賜物である「命」を自分勝手に奪うことは許されないのです。

創世記1章27節では、「神はご自分にかたどって人を創造された」とあります。ですから、神様は人間が神にかたどって創造された人間を殺すことは、厳しく禁じておられるのです。要するに人を殺す、人の命を奪うことは、神様を損なうこと、神様のものを奪うことに等しい罪なのです。ゆえに9章6節には「人の血を流す者は人によって自分の血を流される。人は神にかたどって造られたからだ」とあります。

宗教改革者のカルヴァンも第六戒について、「この戒めの目的は、主が人類をいわば、一つに結び合わせていたもうのであるから、すべての人が危害を加えられないために、各人が義務づけられているよう勧めることにある。したがって要点は、一切の暴力と不法行為、またおよそ隣人の身体を傷つけることが禁じられるにある」(『キリスト教綱要』)と言っています。

今、世界のあちこちで戦争があり、そこでは人殺しが日常的に行われています。わたしたちはこうした悲惨な世界状況にあって、神様が教えておられる十戒第六の戒め「殺してはならない」について、日本最初の良心的兵役拒否者であった矢部喜好の信仰と生涯、そして何よりも聖書の御言葉から、その意味を深く学びたいものです。

引用・参考文献田畑忍『日本の平和思想』1972ミネルヴァ書房

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