花言葉の話

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聖書の言葉

なぜ、衣服のことで思い悩むのか。野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。働きもせず、紡ぎもしない。しかし、言っておく。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。

新約聖書 マタイによる福音書 6章28節-29節

吉田隆によるメッセージ

皆さん、いかがお過ごしでしょうか。甲子園教会の吉田隆と申します。今日の聖書の言葉をお聞きください。マタイによる福音書6章28節29節にあるイエスの言葉です。「野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。働きもせず、紡ぎもしない。しかし、言っておく。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった」。▼四つの季節がある日本では、本当に季節の移り変わりごとに、たくさんのいろんな花たちが目を楽しませてくれますね。今ではフラワーデザインと横文字で言われるようになった「生け花」や「華道」も日本から始まったそうです。そう言えば、教会の説教壇の横に花を飾るという習慣も、この日本から始まったのだと聞いたことがあります。確かに、古色蒼然とした殺風景な礼拝堂に少しばかりのお花が飾られるだけで、パアッと明るくなる気がしますよね。▼私も花を見るのは大好きですが、こと花の名前になりますと全然覚えられません。特に最近はカタカナのしかも聞いたことのないような名前が多いので、全くもってお手上げです。けれども、お好きな方ですと、それぞれの花の名前だけでなく「花言葉」まで知っておられる方もいらっしゃいますね。で、この「花言葉」ですが、どうやって付けられてきたかご存知ですか?大きく二つのことに基づいて付けられるそうです。一つはその花の色や形、あるいは性質から。もう一つは、昔からその花にちなんで象徴的に用いられてきた意味から取られるのだそうです。もっとも、最近はお花を売る業界で適当に付けられることも多いようです。▼例えば、日本の人たちが大好きな桜の花言葉は「精神美」。精神的な美しさだそうです。なるほど。そのキリッとして控えめな美しさ、あっという間に散ってしまう潔さ、などもあるのでしょうか。これが、お隣の韓国になりますと国の花は、ムクゲ。ムクゲと言ってもイメージがわかなければアオイやフヨウ、あるいはハイビスカスも仲間だそうです。この花は、たった一日しか咲かないそうですが、夏から秋にかけて何度も何度も新しい花を咲かせるので、花言葉は「信念」や「一途な心」あるいは「粘り強さ」という意味があるそうです。これもなるほど、ですね。▼それでは、ついでに聖書の世界、イスラエルの花は何でしょう?これも調べてみると面白いことが書いてありました。実は、日本でも冬の間によく飾られるシクラメンは、元々地中海世界が原産で、イスラエルにも自然に生えるそうです。そこで、イスラエルの昔の有名な王様、ソロモンが愛した花とも言われます。ちなみに花言葉は「遠慮」や「内気」。あのソロモン王にめでられたシクラメンが恥ずかしがって下を向いてしまったという伝説に基づいているようです。で、このシクラメンをイスラエルは一度国の花に定めたのですが、今から11年前、国民からの支持が強かったアネモネに変わってしまったとのことです。春先になると、まるで真っ赤なカーペットのようにアネモネが一面に咲き誇る姿は見事です。アネモネという名前には聖書の言葉のヘブライ語で花嫁という意味がありますが、このアネモネ、今も戦争が続いているガザ地区の近くにもたくさん生えているそうです。こんなに美しい花が咲き誇る所で醜い人間の争いがなされているかと思うと、本当に心が痛みます。ちなみにアネモネの花言葉は、花の色によって異なり、赤いアネモネは「君を愛する」。白いアネモネは、「希望」だそうです。そのような花言葉のとおり、戦うよりは愛することを、絶望よりは希望のために力を合わせてくれることを心から祈ってやみません。▼ところで、今日の冒頭にお読みした有名なイエスのお言葉、「野の花を見なさい」とイエスがおっしゃった時の花というのは、アネモネではなかったかと言われています。さらには、先ほどご紹介したムクゲも聖書の世界では「シャロンのバラ」と呼ばれている花ですし、同じくイスラエルの春先に咲くアーモンドの花は桜の花に似ています。面白いですね。ちなみに、アーモンドの花言葉も「希望」や「真実の愛」です。▼一つ一つの花は、別にそのような「性格」をもっているわけではないでしょう。むしろ「花言葉」というのは、それをめでる人間が花から読み取ったメッセージと言えるかもしれません。そうであれば、主イエスが「野の花を見なさい」とおっしゃったとおり、私たちは野の花からもメッセージを読み取らなければなりません。そのメッセージとは、どんなに小さな存在にも神の愛が注がれているということ、その美しさはこの世の一切の繁栄、人間が造りだしたいかなる人工的な美にまさるということです。▼神が私たち人間にお与えくださった美しさは、何よりも内面的な美しさです。人間は、それを自ら堕落して失ったのでした。けれども、その美しさを回復してくださるためにこそ、イエスは来られたのでした。私たちが真実に希望をもって生きるために、真実とは何か、本当の愛とは何かを、イエスは身をもって示してくださったのです。この季節、私たちは何よりも、そのように神がお示しくださった美しさに生きたい。この世の何物にもまさる、神の憐れみ、神の赦し、神の愛という「花言葉」を身にまとうような歩みをしていきたいと心から願うのです。

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