真の神を知る喜びへ

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聖書の言葉

あなたがたも、何を食べようか、何を飲もうかと考えてはならない。また、思い悩むな。それはみな、世の異邦人が切に求めているものだ。あなたがたの父は、これらのものがあなたがたに必要なことをご存じである。ただ、神の国を求めなさい。そうすれば、これらのものは加えて与えられる。小さな群れよ、恐れるな。あなたがたの父は喜んで神の国をくださる。

新約聖書 ルカによる福音書 12章29~32節

松田義人によるメッセージ

皆さんは、宗教、神をどのようなものとしてイメージされているでしょうか。宗教という言葉を辞書で引いてみますと、「神または何らかの超越的絶対者あるいは神聖なものに対する信仰・行事」とあります。ここにある、人間の力や自然の力を超えた存在への思いはすべての人にあるのではないでしょうか。年始の初詣、また旅行案内にもパワースポットが紹介され、人々はその時々に神的なものへの願い、体験を求めるだと思います。また、「困ったときの神頼み」と言う言葉がありますように、自分の力ではどうすることもできないと感じる時に神の力に頼るということもあるかもしれません。しかし、その宗教、神とはどんなものでしょうか。ともかく、今の苦境から助け出してくれるもの、また「鰯の頭も信心から」というように、その時々に自分の心を満たしてくれるものなら何でもよいのでしょうか。このように、自分の幸せのために役にたつと思われる宗教・神を求めてさまよっている方が多くおられるのではないかと思います。

一方、神などいない、宗教など弱い人間が造り出したものだと言う方もおられるかもしれません。しかし、人間は自らの力に完全により頼むことはできません。そこには限界があります。例えば、人間には必ず死が訪れます。いつ死ぬかは私たちにはわかりません。今元気な方も突然命を落とすこともあります。また、重病だった方が長く命を保たれることもあります。まして、死んだらどうなるのか、人間には知る由もない問題がそこには横たわっています。

私たちは、この世の仕事、生活の必要に追われてこうした人生の重大な問題から心を遠ざけて、今さえ乗り切ればよいのだと思い込んで過ごしているかもしれません。それでも、高齢になると終活の必要が言われ、死や死後の問題を避けることができなくなってきます。それは、私たちすべての人間の心の奥底にある宗教・神への思いに素直に向き合う時かもしれません。

そこで、今日は皆さんと真剣に宗教・神について考えたいと思います。人間がなんらかの畏れや、願望によって造りだした宗教・神に本当に私たちを救い出す力があるのでしょうか。私たちは人間の不確かさ、弱さを体験として知っています。自分を一時的にでも安心させてくれるなら何でもよいとはいかないのです。この人生、いつ何時、どんな事が起こるかもしれないのです。そのために、人生の始めから終わりまで、いや死後のことまで、私たちは思い悩むのではないでしょうか。

これまで見てきました宗教・神の捉え方は、私たち人間中心のものです。私たちの幸せのための宗教・神というものです。ですが、聖書の教える神、救いは全く違います。すべてを創造なさり、治められている神です。私たちは、ともすれば神という方は超自然的な方だがいつもは私たちの目からは隠れておられ、大きな天災か起こった時などに、その存在だけを示される方と考えてはいないでしょうか。真の神はそうではありません。聖書は、その御存在、意志をはっきりと私たちに示してくださるお方だと教えています。私たちが勝手に神を造り出し、助けを求めると言うのではなく、神御自身がそのご意志、そしてそのご支配を聖書を通して伝えてくださるのです。そこには、私たち人間への愛が示されています。

神は私たちの理解をはるかに超えた方です。ですから、ご自分から自己紹介してくださらなければ、私たちには神がどのようなお方であるかわからないのです。この自らを明かししてくださる神こそが本当の神、本当の宗教なのです。詩編19編1節には「天は神の栄光を物語り、大空は御手の業を示す。」と詠われます。まずは、神の創造の業を通して、そのご存在、その偉大さが知らされています。自然、その中の法則、また私たちの肉体の中にも見られる様々な器官の働きなど、この世にある多様なものが有機的に調和しています。これは偶然なことなのでしょうか。私たちが、今という時に、ここにいるということ自体が、神によって整えられているのではないでしょうか。

私たち人間は、ともすれば人生は自らの力で切り開くもの、その寿命までも財産があれば医療で延ばせるなどと思いがちです。しかし、ルカによる福音書12章にある「思い悩むな」との主イエスの教えの中に「思い悩んだからといって、寿命をわずかでも延ばすことができようか。」、そして「ただ神の国を求めなさい。そうすれば、これらのもの(あなたがたに必要なもの)は加えて与えられる。」とあります。ここでは、まず私たち人間の命は私たちを創られた神のものであるということが前提となっています。そして、神は私たちの必要をすべてご存じで与えてくださるとも言われます。そして、私たちがなすべきことも示されます。

聖書を通して、ご自分を示される神は、創られた世界を通してご自分を表されるだけでなく、もっと親密に私たち一人一人にその御意志を示してくださっています。私たち、人間の究極の悩み、苦しみはこの神から離れたことから来るのです。しかし、愛なる神は、イエス・キリストの十字架により、再び私たち人間を神の元に引き戻してくださったのです。聖書には、真の神が私たちと共にあり、その道を導き、そして永遠の命、神の国へと入れてくださる福音が示されています。皆さんが、その心に刻まれている宗教の種、神・宗教への思いを聖書によって明らかにされ、真の神を知る喜びへと導かれることをお祈りします。

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