人生の分岐点

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聖書の言葉

人の心には多くの計らいがある。主の御旨のみが実現する。

旧約聖書 箴言 19章21節

ステファン・ファン・デア・ヴァットによるメッセージ

赤石:今日は、南アフリカからの宣教師:ステファン・ファン・デア・ヴァット先生にお話を伺います。はじめに一個所、聖書の言葉をお読みします。旧約聖書 箴言19章21節「人の心にはたくさんの企て。主の計らいだけが実現する。」

ステファン先生、Goeiemore!今日はよろしくお願いいたします。

ステファン先生(以下S):Goeiemore.よろしくお願いします。

赤石:ステファン先生に南アフリカのことをいろいろおたずねしたいのですが、まずなんといっても、今「南アフリカ」と聞くと、昨年のラグビーワールドカップでの見事な優勝が記憶に新しいですね。Baie geluk!それで今日はラグビーのことをきっかけにしてお話を伺いたいと思いますが、ステファン先生もラグビーをなさっていたそうですね?先生のラグビーとの関わりを教えてくださいますか?

S:南アフリカでは、ラグビーの人気が高いので、ラグビーをすることは一般的です。わたしも子どもの頃から20年以上プレーしていました。その後、世界で一番大きなラグビークラブのあるステレンボッシュ大学のトップチームでプレーしました。わたしは純粋にラグビーというスポーツ、ボールを手に全速力で走ることが大好きだったので、本当に楽しかったです。でも、海外でのトーナメントに出る機会を与えられ、プロチームのメンバーに選ばれてプレーしていた頃、ケガをしてしまい、このままラグビーを続けるか、ここでラグビーをやめて、「教会の牧師になりなさい」という神さまの召しに応えて生きていくかどうか、大事な決断を迫られました。むずかしい決断でしたが、神さまの召しに応えるには犠牲が必要で、ラグビーもその一つなのかもしれない、ということがだんだんとわたしの中で明確になっていきました。結局、ラグビーは、わたしの父がいつもわたしに言い聞かせてくれていたように、お金や名声(めいせい)のためにプレーするものではなく、楽しむため、正々堂々(せいせいどうどう)とプレーするものとして自分のなかに残っています。

赤石:大きな決断をされたんですね。それで最初にお読みした聖書の言葉をご紹介くださったんですね。こういう御言葉でした。「人の心にはたくさんの企て。主の計らいだけが実現する。」

S:わたしにも自分の進路のために色々な計画や思いがありました。しかし、その時それより大切なことがあると改めて気付きました。つまり、真の神様の壮大な計画や摂理が一番重要であるということです。そのもっと偉大な計画に自分を委ねていきたいと思いました。

赤石:「主の計らいだけが実現する」と言われている神さまのご計画に、先生の人生を委ねられたのですね。そのご計画のなかに宣教師として日本に遣わされるという大きなこともあったわけです。文化が全然違う日本での生活をもう10年も経験なさっていますね。ラグビーのことに話を戻しますと、試合を見ていたとき、人種のちがいを受け入れて一つのチームで戦うことのすばらしさを目の当たりにしました。ステファン先生の属しておられたチームはどんなチームでしたか。お互いを受け入れ合うのは難しいこともあったと思いますが、どのように克服していったのですか。

S:わたしが大学生の頃は、白人でない人たちがトップチームに入ってハイレベルのラグビーチームづくりをすることはまだ始まったばかりでした。ですから、わたしのいたチームはまだそれほど多様ではありませんでした。しかし、自分とちがう人種・文化・社会的背景をもつプレーヤーはたくさんいました。他のチームスポーツもそうだと思いますが、ラグビーのすばらしいところは、試合でプレーヤーたちが結束していくというところだと思います。同じゴールをめざして一緒にプレーするということに皆の心が集中します。粘り強く突き進むことを一緒に楽しみ、チームの性格を一緒に作り上げ、チームメイトのためにベストを尽くす。そうしていくことで、どんな違いも乗り越えていけるのです。ワールドカップ2019のときのスプリングボックのモットーにあったとおりです。「Stronger together! 一緒に強くなろう!」

赤石:日本での宣教も、私たちは同じイエスさまを見上げてご一緒にこれからも力を合わせていきたいですね。さて、ワールドカップのときにもたびたび耳にしましたが、南アフリカの国歌について教えてください。「ンコシ・シケレリ・アフリカ」という歌ですが、もとは讃美歌だったと聞いています。先生はこの国歌が好きですか?

S:はい、わたしはこの国歌が大好きです。国家主義的なものを推し進めようとする意図はなく、むしろ、いまも生きておられる神さまへの祈りの歌だからです。そして、私たちの国の多様性の結束を表している歌だからです。

ンコシ・シケレリ・アフリカはエノク・ソントンガというメソジストの学校の先生が1897年に作りました。もともとは教会で賛美歌として歌われていましたが、反アパルトヘイト運動のシンボルとして歌われるようになりました。1994年、ネルソン・マンデラが大統領に選ばれると、はじめは従来(じゅうらい)のアフリカーンス語の国歌とこの歌の両方を国歌としましたが、1997年に統合されていまの形になりました。

南アフリカには11の公用語がありますが、そのうちの5つの主要な言語が採用されています。1番の最初の2行がコーザ語、次の2行がズールー語、2番はソト語、3番はアフリカーンス語、4番が英語です。

赤石:それでは歌詞をご紹介しましょう。ステファン先生1行ずつ読んでくださいますか。わたしが日本語訳を言います。

第1節(コーザ語)

Nkosi sikelel' iAfrika 神よアフリカを祝福してください

Maluphakanyisw' uphondo lwayo, その誇りを取り戻させてください

第2節(ズールー語)

Yizwa imithandazo yethu, 私たちの祈りを聞きとどけてください

Nkosi sikelela, thina lusapho lwayo. 私たちを祝福してください、私たちはアフリカの家族です

第3節(ソト語)

Morena boloka setjhaba sa heso,神よ私たちの国をお守りください

O fedise dintwa la matshwenyeho,戦いも苦しみも終わらせてください

O se boloke, O se boloke setjhaba sa heso,私たちの国をお守りください

Setjhaba sa South Africa - South Africa.私たちの国、南アフリカ、南アフリカ

第4節(アフリカーンス語)

Uit die blou van onse hemel青き空の彼方から

Uit die diepte van ons see 深き海の深淵から

Oor ons ewige gebergtes永遠不滅の山々の

Waar die kranse antwoord gee,切り立つ峰々にこだまする

第5節(英語)

Sounds the call to come togetherともに来たれと呼び声が響く

And united we shall stand 私たちは一つになりて立ち上がろう

Let us live and strive for freedom 私たちは自由を求めて生きよう

In South Africa our land 南アフリカ、我が祖国

赤石:それではここで「ンコシ・シケレリ・アフリカ」をお聞きください。

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