主の祈り 1

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聖書の言葉

「だから、こう祈りなさい。『天におられるわたしたちの父よ、御名が崇められますように。』」

新約聖書 マタイによる福音書 6章9節

吉田謙によるメッセージ

今日から私が担当させていただく時には、イエス様が「このように祈りなさい」と教えて下さった「主の祈り」を学びたいと思います。

今日、私たちが学びたいのは、この「主の祈り」の一番最初の言葉、呼びかけの言葉です。「天にまします我らの父よ」と言ってこの祈りを始めなさい、とイエス様は教えて下さいました。

「この世界を造られた神様がおられる。」これは、多くの方々がうすうす気づいていることでしょう。けれども、ただ神様の存在を認めるだけならば、神様と人間との間には、まだ深い溝があるのです。本来、私たちと神様との関係は、創造者と被造物の関係です。造った者と造られた者との関係であります。決して父と子の関係ではありません。神様のことを父と呼ぶことが出来るのは、本来、独り子である神、イエス・キリストお一人だけです。もし私たちが神様のことを父と呼ぶことが出来るとするならば、それは私たちがこのイエス・キリストとしっかりと結びつけられる時だけでありましょう。そもそも人間は、罪と汚れに満ちていて、到底、きよい神様の前に出ることなど出来い存在なのです。けれども、御子イエス・キリストが、私たちの罪を全部背負って、十字架の上で死んで下さいました。「あなたの罪は赦された。私が全部贖(あがな)った。だから、あなたは安心して、神様に向かって『父よ』と親しく呼びかけてよい。」こうイエス様は、自らの命を懸けて、この祈りを教えて下さったのです。

「神様が私たちの父となって下さった。」これは具体的にはどういうことでしょうか。親は子供が悪いことをすると叱ります。しかし、本当は悪いままでも可愛くて可愛くて仕方がないんですね。それが本来の親でしょう。神様も同じです。私たちがどんなにへまばかり繰り返していても、能力がなくても、魅力が乏しくても、そういう私たちをあるがままで受け入れ、喜んで下さる。神様はそういう私たちの父になって下さったのです。

私たちが神様の子供であるということを表す有名な物語に「放蕩息子」の譬え話があります。父親の財産を分けてもらって、遠いところに旅立った息子が、放蕩に身を持ち崩して、財産を全部使い果たしてしまうのです。やがて人生の厳しさを身に染みた息子が、父親のもとに帰って行きます。「もう子供と呼ばれる資格はない。でも雇い人の一人として側に置いてもらおう」そういう悲しい決心をして、この息子は帰って行くのです。ところが父親は、この息子を遠くから見つけて、息子に走り寄り、一番善い着物を着せ、指輪を与え、履き物を履かせ、そして大宴会を催すのです。この放蕩息子は、他でもない私たちの姿です。そしてこの父親こそ、神様の姿なのです。この父親は、子供が帰ってくるだけで嬉しかったんですね。それ以外のことは何も求めていない。息子が立派な行いをしたからとか、見事な悔い改めをしたからとか、そんなことは一言も触れられていないのです。ただ帰ってきただけで、もう遠くから息子だと気がついて、走り寄って行ったのです。神様はそういう父親なのです。私たちが祈るというのは、この神様のもとに帰って行くということなんですね。

私たちは、日毎の生活の中で、なんとか自分の価値を見つけようとして一生懸命です。なんて立派な人なんだろう、そう言ってもらいたいのです。けれども、そうやって自分の価値を増し加えようと躍起になって生きていく内に、いつの間にか生活の軸がぶれてしまう。そして、ある時、ハッと我に返るのです。「今まで自分は何をしてきたのだろう」と。その時に私たちは、あの放蕩息子のように「もう子供と呼ばれる資格はない。雇い人の一人として側に置いてもらおう。」そんなことは思わなくていいのです。生活が立派でなくても、まだまだ悔い改めが不十分で、色んないびつなものがあったとしても、ただ帰って行くだけでいい。その時に私たちは、あの放蕩息子のように心配をしながらではなくて、もう開口一番、「父よ」と呼びかけることが出来るのであります。父なる神様は、私という存在の全部を喜んで下さいます。どんなに弱くても、どんなにいやしくても、どんなに汚れていても、「あなたは世界中でたった一人しかいない、決して失われてはならない、かけがえのない大切な大切な存在なのだ。高価で尊い。私はあなたを愛している」と言って下さるのです。私たちは、ただガムシャラに頑張るだけではなくて、やはり静まって、この父なる神様のもとに帰る必要があります。私たちの生活の中には、そういう心を静める時がどうしても必要なんですね。立派な祈りをして認めてもらうのではありません。そうではなくて、「父よ」と呼びかけるだけで喜んで下さる、このお方のもとに帰っていくのです。このお方のもとで、安心して、その重荷をおろすのです。

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