中村哲先生に学ぶ愛の業①

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聖書の言葉

日が暮れると、いろいろな病気で苦しむ者を抱えている人が皆、病人たちをイエスの元に連れて来た。イエスはその一人一人に手を置いて癒された。

新約聖書 ルカによる福音書 4章40節

吉田実によるメッセージ

昨年(2019年)のクリスマスに備えるアドベントの期間中に大変悲しい事件が起こりましたことを皆様は覚えていらっしゃいますでしょうか。昨年(2019年)の12月4日に、アフガニスタンとパキスタンで35年間医療支援を続けて来られた日本人の医師、中村哲先生が何者かに銃撃を受けて殺害されたのです。今回は、この中村哲先生のお働きを通して、隣人に対して行う「愛の業」について教えられたいと願っています。

中村先生はバプテスト派のクリスチャンでいらっしゃいまして、神経内科を専門とするお医者様だったのですけれども、登山と昆虫採集が趣味で、最初はパキスタンの山に登る登山隊に帯同する医師として現地に入られたそうです。その山で珍しい昆虫に出会えるかもしれないと思ったのです。けれどもそこで中村先生は、パキスタンやアフガニスタンの貧しい人々の現実を見ることになります。そして、やがて現地で医療支援を始める決意をなさいまして、実際にそのお働きが始まるのですけれども、いくら病気を治療しましても、清潔な水と食料がなければ人は生きて行くことが出来ないということを痛感されます。地球温暖化の影響で高い山の上にあった雪が全部溶けてしまいまして、山からの雪解け水が流れて来なくなって、多くの畑が作物を育てることのできない荒れ地と化していたのです。国民の多くが農業で生きているアフガニスタンでは、そのような状況が改善されなければ医療行為も空しい。そう実感されました中村先生は「生きておれ。病は後で治す」とおしゃって、医師であるにもかかわらず、河川工学を一から学ばれまして、井戸を掘ること、また川から水を引いて用水路を造るという事業を始められたのです。実際に作業が始まりますと、自分たちの土地が再び蘇るかもしれないという希望に動かされた現地の人々が、次々に手伝いに来てくれたそうです。そこにはつい最近までタリバンの兵士だったという人も、反対にアメリカ軍に協力していたという人もいたそうです。ほとんどの人が貧しくて家族を養うことが出来ないので、仕方なく雇われ兵士として戦場に出ているのであって、決して戦争をしたいわけではないのです。

私が大変感心いたしましたことは、この水路作りで中村先生は日本の昔からの治水技術を応用され、重機やコンクリートを使わないで工事を進められたということです。蛇籠というそうですけれども、針金の網で籠を作ってそこに石をいれた物を積んで護岸工事をするのです。なぜそんな手間のかかることをされたのかと申しますと、それは造った用水路をいつまでも仕えるものにするためでした。重機を使って、コンクリートで用水路を作ってしまえば、壊れたときに現地の人では補修が出来ません。それではせっかく作った用水路もいずれは使えなくなり、また元の生活に戻ってしまいます。そう考えた中村先生は、現地の人々でも補修をしてずっと使い続けることが出来るように、あえて江戸時代から日本に伝わる治水技術を応用されたのです。私はここに、本当に現地の人々に寄り添い続け、現地の人々の本当の必要に答え続けようとされた中村先生の深い愛が現われていると思いました。そしてそのような中村先生の発想の根底には、一人一人に手を置いて病をいやされた、主イエス・キリストの愛の眼差しがあったに違いないと思うのです。

イエス様は人を決して十把一からげに扱うことをなさいませんでした。一人一人の痛み悲しみをはらわたが痛むほど深く憐れまれ、一人一人に手を置いて癒され、また一人一人の名前を呼んで招かれ、共に食事の席に着かれました。そして人々の本当の必要を満たすために、全ての人の罪を背負って十字架の上でご自身の命を捧げてくださいました。このイエス・キリストの愛に生かされるときに、上から目線ではなく、自分勝手な押し付けでもない、本当に一人一人の痛み悲しみに寄り添いながら、その人の本当の必要のために仕えるという姿勢が生まれるに違いありません。誰もがアフガニスタンのようなところに行って支援が出来るわけではありませんが、私たちがこのイエス・キリストの愛の中に生かされるなら、今まで見えてこなかったものが見えて来る。身近な人々の痛みや悲しみの現実が、そしてその人の本当の必要が見えて来る。そこから、主イエスの愛の眼差しに支えられた、本当の愛の業が始まるのです。

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