マリリン・ロビンソンの問いかけ

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聖書の言葉

見よ、わたしは新しい天と新しい地を創造する。初めからのことを思い起こす者はない。それはだれの心にも上ることはない。代々とこしえに喜び楽しみ、喜び踊れ。わたしは創造する。

旧約聖書 イザヤ書 65章17節

宇野元によるメッセージ

マリリン・ロビンソンの小説『ギレアド』は、アメリカ中西部の小さな町が舞台です。そして、ニューヨークやサンフランシスコのようではない、静かな田舎の牧師が、息子に手紙を書き記します。さらに、こまごまとした身の回りの出来事や、思い巡らしが記されますから、最初は面食らう人があるでしょう。けれども読み進めるうちに、牧師エイムズをいわば鏡にして、過去の人々、現在の人々が、鮮やかに浮かんできます。キリスト教の神学を学ぶためにドイツに留学し、無神論者になって帰ってきた兄。南北戦争を経験して、平和主義者になった父。かつて奴隷制廃止運動に参加した祖父。この人は、みずから腰に拳銃をぶらさげて、ジョン・ブラウンをかくまったことがあります。

そして、興味深い人物に、ジャックという人が登場します。

小さい時から、いたずら者。周りをさんざん困らせ、悲しませて、出て行った。それが、中年になってひょっこり町に帰ってきました。

なぜ今頃になって?ジャックは、うまくいっていない。機敏な牧師はそれを察します。そして、できれば、彼の力になってやりたいと思います。けれども、親しくふれあおうとしながら、心をひらくことができません。過去のジャックのイメージがあるからです。

そんなある時、ジャックが質問します。

「生まれついての悪人で、地獄に落ちる、そう決まっている人間はいないのか?」

エイムズは答えます。経験によれば、人間がやることは、その人間の性格と一致する。皮肉な微笑みをみせて、ジャックが言います。

「じゃあ、あなたは、人間は変わらないと考えているんですね。」

「いやいや」そう受けながらお茶を濁すエイムズに、ジャックは鋭い言葉を投げかけます。「牧師にしては、ずいぶん用心深いんですね」

人から青臭いと思われないよう気を配る。クリスチャンの信仰が、話し相手にばかにされないように。抜け目ないジャックを相手に、エイムズは言葉を選ぶことに注意を向けていました。

一方で、エイムズには大切にしている心得がありました。「信じていることについて、防御的にならないこと。」人と話すとき、信じていることを守ろうとすると、かえって、相手の疑いを強める結果になってしまう。信じていることに信頼を置いていればいい。ところがここでは、自分自身が不確かであることを、話し相手であるジャックの前にさらしていると言えるでしょう。

人は変わらないと思う。この点については牧師もおなじです。人が変わることを語りながら、思いと行動において裏切ってしまいます。ジャックの問いかけを通して、作者は、私たちみんなに問いかけていると思います。聖書は、真っ向から答えてくれます。私たちを、ハッとさせる答えを。しかも、私たちは、誰もが、ジャックと共にある者、でもあるでしょう。こんな自分でも、本当に変われるのか?そう、心深くたずねずにおれません。ジャックの問いを胸の奥にもつ。そんな私たちに聖書は語りかけています。

「見よ、わたしは新しい天と新しい地を創造する。初めからのことを思い起こす者はない。代々とこしえに喜び楽しみ、喜び踊れ。わたしは創造する。」

過去を振り返り、未来を思う。自分自身を土台とするなら、その上に、確かな未来を思い描くのはむずかしい。自分を土台にして、想像力の翼を羽ばたかすことは難しい。また、想像力の翼を羽ばたかせることができないと、心をひろげることができません。自分についても。人についても。私たちに語られている言葉を、受け取りたいものです。「みよ、わたしがつくる」と語られています。

「わたしが、新しい天と新しい地を創造する」「わたしは創造する」。よいものを生みだすと。悪いものを、よいものに作り変えてくれる力が共にあります。

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