父親の眼差し

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聖書の言葉

わが子よ、主の諭しを拒むな。主の懲らしめを避けるな。かわいい息子を懲らしめる父のように、主は愛する者を懲らしめられる。

旧約聖書 箴言 3章11,12節

山中恵一によるメッセージ

先月まで番組スタッフをしていました山中といいます。私の放送回では、「父親の眼差し」というシリーズで、子育てパパの目線から、聖書のお話をしてきましたが、今週と来週とで最後の放送となります。ウチの子供たちですが、長男は4歳、長女は1歳半となりました。上のお兄ちゃんは、成長がゆっくりめなんですが、それでも、色々な事を言葉にすることができるようになってきています。でも、なんか、びみょうに、言葉遣いが、不自然なことが多いんです。それが、まぁ、なんとも可愛らしいんですが。最近の耳に残る息子のフレーズは、「○○してたかったんです~」という言葉ですね。何かやりたい事を注意された時に、口にするんですけど、目に涙をためながら、切実な声で言うんですね。

最近、家の中に引越しの段ボールが積み上がっているんですけど、あるとき、その上に昇っている息子を見つけて、「危ないからダメだよ、降りなね」と注意すると「ん~、昇ってたかったんです~。え~ん、昇ってたかった~」こんな感じで、泣くんですね。そんな様子を目にする度に、妻と顔を見合わせて、微笑んでしまいます。

でも、これって、本人にとっては、めちゃめちゃ真剣な思いなんですね。だから、彼はかわいらしい言葉ではあるんですが、大粒の涙を流して、「そっか~、ダメ~、・・・あ~ん」と言って悔しがるわけです。私にしろ、妻にしろ、彼のリアクションが面白くって何かを禁止するわけではありません。私達が、子供に何かを禁じるのは、調子に乗って危険に身を晒す時、他の人に被害を与えそうな時、ろくでもない人間になりそうな行動をとる時、子供の未来を大切に思う時です。基本的には、子供の好きなように、毎日、楽しく過ごしてもらったらイイと思うんですが、そうは言っても、時と場合というものがありますよね。その時には、注意して、しつける、ということが必要となります。「しつけ」はよくない、という言葉も聞きますが、「しつけ」そのものが良くないのではなくて、「間違った方法」でのしつけが、よくない、というのが、実際の所だと思います。

さっきお読みした聖書の言葉では、「懲らしめ」という言葉が出てきました。「もうやらない」という気持ちにさせること。これが、「懲らしめ」です。旧約聖書の辞書で調べると、「懲らしめる」、は「ただしい事を分からせる」と、説明されています。私達は、かわいい息子の未来を思って、「ただしい事を分かってほしい」んですね。そのために、親は、ある時には、子どもが欲しがるものを遠ざけます。「もっと、してたかったんです~」と愛らしい声が耳に入るんですが、それでも、彼のために遠ざけます。ある時には、よくない行動を彼に取らせ続けることもあります。ご飯を食べる時間なのに、遊びに気が行ってしまって全然、食べない。ご飯を食べないとその後にひもじい思いをする、という経験を積ませるために、そのまま、遊ばせる場合があります。「お腹すいたんです~、ご飯、食べたかったんです~」後になって息子は泣くんですけど、正しい事を知ってほしくて、あえて、問題行動を見過ごす時があるんですね。

神様もまた、私たちに同じように振舞われるのだ、と聖書は教えます。自分の望む生活が手に入らない。やりたかったことが頓挫してしまう。真剣な思いで、向き合っていたことが上手くいかない。生きていれば、誰でも当り前に起こる事だと思います。神様を信じていようが、信じていなかろうが、人生、上手くいかない時と言うのがあります。「これが、したかったんです~」と涙がこぼれて来るようなことがあるんだと思います。

でも、神様を信じる人にとって、人生の挫折は、ただ、自分の力が足りなかったからとか、運が悪かったからとか、それだけで、片付けるべきことではないんですね。もしも、神様が、聖書が伝えるとおりの御方だとして、その方が、聖書に示されているとおりに、私たちと関わろうとする御方であるならば、それは、私たちを子供としてかわいがり、愛してくださる、私たちの父親となってくださる神様です。この天のお父さんは、子供をかわいがっても、溺愛して正しい道を見失う事がありません。子供の未来が危ぶまれる場面で、私たちを懲らしめて、何が正しい事かをわからせてくださるお父さんです。神様は、段ボールの上ではしゃぐ息子を抱え下ろすようにして、私たちを、それまでの居場所から、違った場所へと移す場合があります。目の前の楽しみや喜びを失うことがあります。でも、そこには、私たちの未来を思い、わたしたちを心から可愛がってくださる神様の意図、というものがあります。私達は、神様から愛されているからこそ、生きていく中で、何かを禁じられ、何かから遠ざけられ、何かが閉ざされるんですね。この意図がわかるまでは、うちの息子のように、涙があふれて来るんだと思います。父親を睨みつけるような事もあるんだと思います。そりゃぁ、そうです。本人にとっては、真剣に大切に思えることなわけですから。それでも、神様を信じ、自分の父として受け入れる人は、その困難が過ぎ去った時、自分が神様に愛されている、ということを味わうことができます。その時に知る父なる神様とは、何でもかんでも子供の言う事を聞き、子供をダメにするお父さんではなく、子供がいっとき辛くても、子供からにらまれたとしても、真剣に子供の未来を考え、愛を貫いてくださる頼れるパパです。

このお父さんの子育てを味わう人は、神様のしつけ方法にも慣れて行きます。すると、人生の挫折を味わう時にも、「神様は自分の未来をちゃんと用意して下さっている、そこに、導いて下さっている」と、厳しい現実を穏やかに乗り越えていく心が育まれていきます。ぜひ、この私たちの頼れるお父さん。父なる神様を知って頂きたいと思います。

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