石井十次物語①

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聖書の言葉

「だれも、二人の主人に仕えることはできない。一方を憎んで他方を愛するか、一方に親しんで他方を軽んじるか、どちらかである。あなたがたは、神と富とに仕えることはできない。」

新約聖書 マタイによる福音書 6章24節

吉田実によるメッセージ

先週は「大原美術館物語」というタイトルでお話をさせていただきました。倉敷にあります大原美術館は、実業家の大原孫三郎と、画家の児島虎次郎と、岡山孤児院の創設者石井十次の3人の男たちの出会いから生まれた美術館であるというお話をさせていただきましたけれども、今日から何回かシリーズで、その大原美術館の創設者である大原孫三郎に大きな影響を与えたキリスト者、石井十次という人の物語をお話させていただきたいと考えています。

石井十次は「福祉」という言葉さえまだ定着していなかった時代に22歳の若さで孤児救済事業に着手し、実に3,000人を超す孤児たちを育てて世に輩出した、日本における社会福祉事業の先駆者です。石井十次は1865年に宮崎県児湯郡(こゆぐん)上江村、後の高鍋町の下級藩士の家に生まれました。少年時代の十次は体も大きくわんぱくでしたが、大変心の優しい少年だったそうです。彼が7歳の頃、秋祭りの日に母は十次に木綿の着物に新しい手織りのつむぎの帯をしめさせて送り出しました。ところが、祭りから帰ってきた十次は、そのきれいなつむぎの帯の代わりに、汚らしい縄の帯をしめていたのです。不審に思った母が「どうしたの」と尋ねますと「友達の松っちゃんが、きたない着物に縄の帯をしていたのをみんなにからかわれていたので、自分の帯と取り換えてやりました」と十次は言います。そしてそれを聞いた母は「それはよいことをしましたね」と褒めたそうです。母の乃婦子は困っている人がいれば手を差し伸べる、心の優しい人でした。そういう母親に育てられたということが、十次の人格に少なからず影響を与えたに違いないと思います。

向学心が高かった十次は、地元の学校を卒業した後、14歳で東京に出て学び、「世の中や国のために役に立つ人間になりたい」と常々考えていた十次は、海軍士官になることを目指しますが、体調を崩してやむなく郷里に帰ります。そして、熱心なクリスチャンである医者荻原百々平(おぎはらどどへい)と出会い、聖書を渡され、また彼の奨めで医者になるために岡山県の医学校に入学し、やがて十次自身も洗礼を受けてキリスト者となります。そして医学校を卒業して医師としての実習もかねて、岡山県の田舎の診療所で働いているときに、生涯をかけて献身する務めに目覚めるのです。診療所の近くに弘法大師を祭るお堂がありまして、そこは巡礼に来た人たちや、今でいうホームレスのような人々が雨露をしのぐ宿のようになっていました。十次は毎朝そこを尋ねて寝起きしている人を見舞い、握り飯を配っていたのですが、ある日巡礼途中で夫と死に別れた貧しい二人の子供連れの母親から「子どもを一人引き取ってもらえませんか。二人の子連れでは、雇ってもらえないのです」と泣きながら懇願されます。すでに結婚していた十次は悩みますが、妻とも相談し、8歳になる男の子を引き取るのです。そのことがきっかけとなりその後もさらに2人の子どもを預かることになった十次は、医者になるべきか、孤児たちの育成のために生涯をささげるべきか悩みます。そんなときに、イギリスで1万人を超える孤児を救済したブリストル孤児院院長のジョージ・ミューラーが来日し、東京や大阪で公演をしまして、その様子が新聞や雑誌で紹介されたのです。その記事を読んだ十次は「我が意を得たり」と共鳴し、「わたしは日本のジョージ・ミューラーになろう」と決心するのです。父親は反対しました。「必ず医者になれ。でなければ帰るな」ときつく戒めました。けれども十次は「医者になる者は他にもいるが、孤児を救おうとする者は少ない。自分の一生は、孤児救済にささげよう」と決意するのです。その時の石井十次の心にあった御言葉が「あなたがたは、神と富とに仕えることは出来ない」という主イエスの御言葉であったと伝えられています。

彼があの貧しい母親から「子どもを引き取ってもらえませんか」と頼まれたときに、丁重にお断りして医者になったとしても、誰も責めることは出来ませんし、まして「彼は神に仕えず冨に仕えた」などと、誰も裁くことは出来ません。でも、十次自身にとりましては、その子を引き取ることが「神に仕える道」であると示されたのです。何かの選択を迫られるときに、「自分にとってどちらが得か」という判断基準は、大切だと思います。けれどもそこで主イエスの御言葉を思い出して「どちらが愛することになるか」と考えて、愛に近い方を選ぶとしたら、それは人の目には愚かに見えるかもしれませんが、お金には代えがたい主にある「愛の物語」が、そこからはじまる。あなたからも始まるのです。

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