生きよ!

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聖書の言葉

イエスは、彼女が泣き、一緒に来たユダヤ人たちも泣いているのを見て、心に憤りを覚え、興奮して、言われた。「どこに葬ったのか。」彼らは、「主よ、来て、御覧ください」と言った。イエスは涙を流された。

新約聖書 ヨハネによる福音書 11章33~35節

吉岡契典によるメッセージ

今朝はイースターです。主イエスの復活の恵みを、感謝いたします。今朝は、死と命について、聖書からお伝えしたいと思いますが、これは実際に、私に娘が生まれた直後に心に浮かんだ、ぞっとするような考えだったのですけれども、それは、この生まれたばかりの私の娘も、遅かれ速かれやがて死んでしまうということです。それを思った時、私は本当に、何とも言えない気持ちになり、どうしようもない悔しさと、腹立たしさを感じました。

人が生まれる。新しい命が誕生する。こんなに素晴らしいことが目の前で起こっているのに、人が、生まれてから、そのあとには、ただ死んでいくだけの存在なのだとしたら、死ぬことが前提で生まれてくる人間の命とは、一体何なのだろうと考えてしまいます。私は自分の娘が生まれた日、その娘の将来にも待っている死を思って、それが憎い。死が憎いと心底思いました。

そしてこれは、私が聖書の神様や、主イエス・キリストのことを知ることができて、本当に良かったと思えた、私にとって、神様を信じることの一番の恵みだと思っていることなのですけれども、それは、実はこの聖書が語っている神様という方も、この私以上に、死というものを憎んでおられるということです。私は、聖書を読んで、この神様が、死を憎んでおられることを知って、とても嬉しかったのです。やはり、人が死ぬということは、何かおかしいことであって、自然のことではないのです。私たちの神様は、「死は自然の摂理である」とか、「人が死ぬのは仕方のないことだ」とか、「死は悲しみをもたらすが、その悲しみは、時がたてばやがて解決されていくはずだ」とか、そんなことは決しておっしゃいません。

主イエス・キリストは、普段は、聖書の中でも、ほとんど怒ったり、取り乱したりしない方なのですけれども、今朝の聖書で、主イエスは特別に、猛烈に、体が震えるばかりに怒っていらっしゃいます。何に対して主イエスがここまで怒ったかと言うと、主イエスはこの時、死に対して怒られました。主イエスと親しかったラザロが死んでしまった。彼を殺してしまった死に対して、主イエスは涙を流して、悲しみ、悔しがりながら、怒り猛ったのです。死は神様にとって、決して当たり前ではない、むしろ異常な事態なのです。

ラザロの死に対して、激昂された主イエスの姿を、初めて聖書で目にした時、私は、とても嬉しかったのです。私が感じる死への違和感を、主イエスも、とても強く感じておられた。そして主イエスは、死に対する違和感を露骨に示してくださり、さらに主イエスは、その死という深刻な問題を解決するために、正面から取り組んでくださるのです。

さらに主イエスは、ベタニアの村に入られて、マルタとマリアや、街の人々が涙に暮れている状況の只中に入られた時、心に憤りを覚え興奮されたのと同時に、涙まで流されました。33節の「心に憤りを覚え、興奮して言われた。」というこの言葉は、「心の深いところを掻き立てられ、うめくように憤り、自分自身を掻き乱されて、言った。」と訳すことのできる言葉になっています。激しい動揺と、髪をかきむしるぐらいの、それ程激しい怒りが、ここに表現されています。親しかったラザロを殺してしまった死に対して、主イエスは涙を流して悲しみ悔しがりながら、本気で怒られました。主イエスは決して死を、避けがたい運命だとして、これを心静かに受け入れるべしとは、言われませんでした。

そのあと主イエスは、死臭のする墓穴に向かって立ち、そこで、「ラザロ、出て来なさい」と、大声で叫ばれました。そしてその声によって、死んでいたラザロが生き返ります。主イエスの叫び声は、死人の耳にも届く。そして死の力さえも、ねじ伏せて、墓穴をこじ開けて、そこから人を、引きずり出してしまわれる。そんな力技を、怒りに燃えた主イエスは、ここで見せてくださいました。これができるところに、主イエスの底力、主イエスの救いの真骨頂があります。

聖書には、色々なことがたくさん書かれていますけれども、聖書に書かれていることの一番の中心メッセージは、これです。それは、神様から私たちへの「死ぬな!」、「生きよ!」というメッセージです。病気が治るとか、人生がうまくいくとか、キリスト教の救いは、そういうことに目標を据えているのではありません。その中心は永遠の命です。

死は当たり前のことではありません。神様は決して私たちを殺そうとしておられるのではありません。「生きて、ずっとずっと生き続けて欲しい」と、神様は真心から願っておられます。私たちの、一人一人の命が、神様にとっての大事な宝物です。とても嬉しい、信じられないようなことなのですが、私たちのこの命を、神様は、大事に、大事に、永遠に尽きない命として守り、私たち一人一人のこの存在を、死ぬまでだけでなく、死んでからの命をも与えて、ずっと大切に、本当に永遠に生かして、その為に神様は全力を使って、私たちを愛してくださいます。「生きよ!」これがあなたへの、神様の思いです。

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