聖書の言葉
わたしにとっては、あなたがたから裁かれようと、人間の法廷で裁かれようと、少しも問題ではありません。わたしは、自分で自分を裁くことすらしません。……わたしを裁くのは主なのです。
新約聖書 コリントの信徒への手紙一 4章3節
宇野元によるメッセージ
芥川龍之介は、心の優しい人だったといわれます。頭がよく、性質が素直で、誰からも好かれた。けれども、内面においては、たえず傷ついていたといわれます。関西にゆかりのある谷崎潤一郎とは高校と大学が同じで、芥川はよく、「われわれは気が弱いから駄目ですな」と言っていたそうです。芥川はまた、いかにも下町の人らしく、世話になった人への礼を欠かしませんでした。旅先から帰ると、まずお礼状を書いてから仕事に向かったといわれます。けれどもそうした心遣いが、生活のなかで次第に重荷になっていったことが指摘されます。
同じ下町育ちの谷崎が、下町人の特徴を面白く書いていますが、よく言い当てているのではと思います。「はにかみ屋で、人の前では口が利けない。洒落は巧いが世渡りは拙く、正直ではあるが勇気や執着力がない」。芥川自身、自分を含めてこう書いています。「莫迦莫迦しい遠慮ばかりしてゐる」(「東京人」)。一方では、西欧の書物をとおして、近代市民社会の自由な空気に触れ、独立した個人でありたい、と願いながら、複雑な思いやりや遠慮の連続の中で、自由になることができず、自分の中にある気弱さに悩んでいました。
死の後に発見された作品『或阿呆の一生』のなかに、こういう言葉があります。「いつ死んでも悔いないやうに烈しい生活をするつもりだった。が、不相変養父母や伯母に遠慮勝ちな生活をつゞけてゐた」(「道化人形」)。また、子どもたちへの遺書に、こんな風に記されています。「おかあさんを思いやりなさい。しかしそのために、自分の意志を曲げてはいけない。」自分はそうできなかった、同じことを繰り返してほしくない、という思いがつよくあったのでしょう。
芥川には都会的な社交家の一面がありますが、中村真一郎によれば、芥川が社交家であったのは、気の弱さの裏返しでした。文壇にデビューしたころの芥川は、あかるく、人なつっこい人だったといわれます。交わりのあった多くの人が、柔らかい心の持ち主であったと証言しています。
下町に縁がなくても、私たちにも重なるところがあると思います。人とつきあうことの難しさと共に、人を気にする弱い自分がある。芥川のように周りへの心配りが細やかであれば、それだけ苦しく、つらくなる、そういうことがあるでしょう。
「ばかばかしい遠慮」そう思いながら、いろいろ心遣いするなかで、自分をすり減らしてしまう。私たち誰もがよく知る体験ですね。そんな、私たちの心にたいする聖書のアドバイスは、とてもシンプルです。誤解の多いほかの人の目、変わりやすい周りの判断に頼らず、また不確かな自分の判断によらず、正確に見ている、そして私たち自身よりも私たちを顧みている存在に、あなたの心を向けなさい。
パウロはそれについて書いています。
「わたしは、キリストを思っています。キリストに信頼しています。『わたしを裁くのは主なのです』(4,4)。この事実が、わたしの心に自由を与えてくれます。」
ご一緒にこのことを覚えたいと思います。イエス・キリストを主人とする。それは人の目に捕らえられることから、私たちを自由にしてくれます。
人から褒められるときにも。褒められることが、ややもすると、心の負担になりますね。期待に応え続けないと。そういうとらわれから自由にされる。批判からも、褒められることからも自由。人から見られている自分から自由。
「わたしは、自分で自分を裁くことすらしません。」
「わたしを裁くのは主なのです。」
私たちのために苦しみ、傷を負われた、イエス・キリストによって、神が私たちを顧みておられます。その愛を覚えて、その愛に心を向けるよう、招かれています。