日常を照らす光

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聖書の言葉

人々が満腹したとき、イエスは弟子たちに、「少しも無駄にならないように、残ったパンの屑を集めなさい」と言われた。

新約聖書 ヨハネによる福音書 6章12節

吉田実によるメッセージ

私は先日、東京に出張で出たついでに、上野の森美術館で開催中の、フェルメール展に行ってきました。フェルメール展は大阪にも来るのですが、なぜか私の大好きな「牛乳を注ぐ女」は東京展でしか見ることが出来ないのです。ですから、「これを見逃すわけにはいかない」と思いまして、東京に出たついでに行って来たのです。この作品は私が2018年7月に発行いたしました『絵画と御言葉』の中にも取り上げている作品なのですけれども、17世紀オランダを代表する画家、「光の魔術師」とも呼ばれるフェルメールの代表作の一つと言えるでしょう。

おそらくメイドと思われる一人の女性が、テーブルの上に置かれた器に静かに牛乳を注いでいます。この情景は、当時のオランダではどこの家庭でも見ることが出来た、ごく普通の日常生活の一コマです。けれどもこの作品にはただの日常生活の記録ということにはとどまらない、独特の崇高さ、時を超えた永遠性を感じるのです。牛乳を注いでいるメイドの腕や体つきは非常にたくましく、目の周りには少し疲れも感じられまして、メイドとしての仕事の厳しさもうかがえますが、それらすべてを包み込むような明るく清々しい光が画面全体に満ちあふれて、大きな平安がその場を覆っているように見えます。フェルメール自身はこの作品のことを何も語っていませんし、彼がどういう信仰を持っていたかもよくわかりません。けれどもわたしは、この画面全体から醸し出される深く静かな美しさ、清々しい明るさ、温かさの中に、私たちの平凡な日常生活の只中で、私たちと共にいてくださって、その歩みを祝福してくださる、主イエス・キリストの愛の光を感じるのです。この平凡な日常の営みは決してつまらないことではない。肉の目には見えなくても、共にいてくださる主イエスが確かに祝福してくださっている。そう感じるのです。オランダ絵画史上、メイドがポジティブな意味で絵画の主役を務めたのはおそらくこの作品が最初であろうと言われています。そういう意味でも、この作品からは小さな一人の人の平凡な日々の労働を祝福してくださる、いつも私たちと共にいてくださる主イエスの愛の光が表されているようにわたしは感じるのです。

私は一応専門家の端くれとしてのプライドがあるからでしょうか、美術館に展覧会見に行くときに、「音声ガイド」というものを利用したことがありません。お金がかかるということもありますが、「案内をしてもらわなくても僕はわかっている」というプライドがありますので、利用したことがないのです。けれども、今回は無料で音声ガイドの機械を貸し出していましたので、無料ですので、「どんなものか試しに聞いてみよう」と思いまして利用してみました。女優の石原さとみさんが穏やかな口調で作品を解説してくださいまして、なかなか良いものだと思いました。そして彼女が「牛乳を注ぐ女」の解説の中で、「硬くなったパンと牛乳でパン粥を作ろうとしているのでしょうか。一人のメイドが鉢に牛乳を注いでいます」とおっしゃいまして、改めて「あぁ、なるほど」と思いました。籠に入っている大きなパンと違って、鉢のすぐ近くに置かれている小さなパンのかけらは、そのままでは食べられない、食べ残しの固くなったパンなのです。そんなパンのかけらを牛乳で煮て「パン粥」を作ろうとしている。そんなメイドの姿が描かれているのです。そう考えますと、そのようにして「与えられた恵み」を無駄にしないようにと働くメイドの姿を、イエス様が喜んで見つめてくださっている様子が、より一層鮮やかに目に浮かぶような気がいたしました。イエス様は2匹の魚と5つのパンで5000人以上の人を養われたときに、「少しも無駄にならないように、残ったパンの屑を集めなさい」とおっしゃったからです。そして12人の弟子たちがパンくずを集めますと、12の籠がいっぱいになったのです。

現代はインターネットを使えばすぐに色んな情報を手に入れることが出来ますし、ネット通販で夜中でもお買い物ができますし、海外にいる人とも顔を見ながら話すことも出来ます。固定電話も珍しかった私の子供時代と比べれば、夢のように便利な時代になったのかもしれません。けれども、それに比例して人の心も豊かになっただろうかと考えますと、そうではないような気がしてならないのです。もっと便利な、もっと新しいものを手に入れるために、あくせくあわただしく生きるよりも、既に与えられている恵みを丁寧に数えて拾い集めるときに、いつの間にか心の籠はいっぱいに満たされるのかもしれません。この「牛乳を注ぐ女」という作品から、そういう歩みを喜び祝福してくださる主イエスの愛の眼差しを感じるのです。この主イエスの愛の光が新しい年も、あなたが立つ「台所」や「オフィス」や「お店のレジ」にも、またあなたが横たわるベッドの上にも、限りなく豊かに注がれますように。

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