過去と誠実に向き合う

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聖書の言葉

「また、罪の赦しを得させる悔い改めが、その名によってあらゆる国の人々に宣べ伝えられる」と。エルサレムから始めて、あなたがたはこれらのことの証人となる。

新約聖書 ルカによる福音書 24章47,48節

吉田実によるメッセージ

先週は私が目の手術のために入院した時のことをお話させていただきました。1週間の入院生活の中で改めて、「明日」のことを思い煩うことなく「今日」という日を丁寧に生きるということの大切さを学ばせていただきました。

今日はその続きです。「今日」という日、「今」という時を丁寧に生きるためには、先週お話いたしましたように「将来」に対する思い煩いから解放される、ということが大切です。と同時に、「過去と誠実に向き合う」ということもまた、大切なことだということを入院中に教えられました。現在が未来とつながっているのと同じように、現在は過去の延長線上にあるからです。

私は目の手術を受けるために入院いたしましたので、入院中はたくさんの読書をすることはできませんでしたけれども、それでも何冊かの本と講演集を持っていきまして、無理のない程度に読みながらいろんなことを考えました。そのようにして読みました一つの講演の中で、1985年に当時の西ドイツの大統領でありましたヴァイツゼッカーが連邦議会で行いました演説、いわゆる「荒れ野の40年」という題で知られています演説の言葉が引用されていまして、改めて心に残ったのです。

少し長いですが、最も心に残った部分を引用いたします。「罪の有無、老若いずれを問わず、我々全員が過去を引き受けねばなりません。全員が過去からの帰結に関わり合っており、過去に対する責任を負わされているのであります。心に刻み付けることがなぜかくも重要であるかを理解するため、老若たがいに助け合わねばなりません。また助け合えるのであります。問題は過去を克服することではありません。さようなことができるわけはありません。後になって過去を変えたり、起こらなかったことにするわけにはまいりません。しかし過去に目を閉ざすものは結局のところ現在にも盲目となります。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすいのです」。こういう言葉です。

かつてナチスによって600万人ものユダヤ人が殺されたと言われています。けれども、戦後40年もたちますと、「自分たちは関係ない」と考える人たちも現れてまいります。けれどもヴァイツゼッカーは語ります。「実際に罪を犯したか否か、その時代に生きて関わった老人であるか、戦後生まれの若者であるか、そういうことに関係なく、皆が過去を引き受けなければならない。なぜなら、過去と現在はつながっており、全員が過去の影響を受けて今を生きているのであり、過去に目を閉ざすものは現在を正しく見つめる視力を失うからだ。過去に非人間的な行為があったことを自分のこととして心に刻まない者は、同じ過ちを犯しやすいのだ」と。

たとえ悲しむべき罪の歴史があったとしても、そのことをきちんと見つめて心に刻み、自分にも関係のあることとして悔い改めるなら、その人の現在は過去としっかり結びついて、過去の教訓を生かして現在を生きることが出来るでしょう。けれども過去に目を閉ざし、自分とは関係のないことのように考えるなら、その人の現在は過去と断絶したままなのであって、外から見れば「何をするか分からない」「得体のしれない」人になってしまうのだと思います。そうならないために、私たちも過去と誠実に向かい合うということが大切です。そしてその時に大切なことは、真実に悔い改めるなら、すべての罪は赦されるのだと知る、ということなのだと思います。

罪がばれたら裁かれる。罰を受けなければならない。それだけなら、ばれないようにしよう。証拠を隠滅して、なかったことにしようという思いが働くかもしれません。あるいは、自分の都合の良いように解釈して、「あれは悪くなかった」と正当化するのかもしれません。そして罪を罪と認める人たちに対して「自虐的だ」というような批判をするのかもしれません。けれども、すべての事は神様の御前に明らかになる日が来ること、そして真実に悔い改める者は全ての罪が赦されるということを知る者は、安心して悔い改めることが出来ます。そして自分たちの過去の罪を認めても決して自虐的になることはありません。むしろ正しく自分自身を知って、より良く今を生きる道が開かれてゆくのです。

初めにお読みいたしましたように、イエス・キリストが命を懸けて開いてくださいました救いの道、キリストの弟子たちが命を懸けて宣べ伝えていった福音の中心は、この「罪の赦しを得させる悔い改め」なのです。真実に悔い改める者が、本当の意味でくよくよと過去を後悔する思いから解放されて、今を精一杯生きることが出来るのです。今日は日曜日。是非、お近くの教会の日曜礼拝に足をお運びください。そこで語られる「罪の赦しの福音」を聞いて受け入れるときに、本当にあなたらしく今日を生きる人生が始まります。

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