親愛なるキティへ

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聖書の言葉

主なる神は言われた。「人が独りでいるのは良くない。彼に合う助ける者を造ろう。」

旧約聖書 創世記 2章18節

石原知弘によるメッセージ

アンネ・フランクという少女の名前を多くの方がご存じだと思います。第二次世界大戦中のオランダの首都アムステルダムで、ナチスの迫害を逃れるために隠れ家生活を送ったユダヤ人の少女です。私は以前オランダに住んでいたこともあって、このアンネという少女に少し特別な思いを抱いているのですが、しかしオランダ国内にとどまらず、戦争の悲惨さと平和の尊さを思う世界中の人たちの心に、その名前は刻まれていることと思います。隠れ家であった建物は、今は博物館となっており、当時の隠れ家生活の様子をそのままうかがい知ることができるようになっています。毎日、途切れることなく多くの人々がそこを訪れています。

そして、隠れ家生活の中で記された『アンネの日記』は、世界中の言語に翻訳されて、読まれ続けています。ユネスコによって、「世界でもっとも読まれた十冊」のうちの一冊とされ、2009年には「世界記憶遺産」にも認定されました。この日記は、アンネが13歳の誕生日にプレゼントしてもらった日記帳に書き始めたもので、平和な時代であればごく普通の少女の日記になるはずだったのかもしれませんが、その直後に始まった隠れ家生活のゆえに、特別な日記としてこの世界に残されることとなったのでした。

この『アンネの日記』は、「親愛なるキティーへ」という、実際には存在しないキティーという人物へ呼びかけるかたちで書かれています。『アンネの日記』を若い頃から愛読してきたという作家の小川洋子さんは、「キティーという架空の存在を作り出したところに、わたしはアンネの直感的な文学的才能を感じます。誰かのために語るということは、物語の原点に他なりません」と言って、この呼びかけに注目しています。そして、アンネにとってキティーは、友人でありカウンセラーのような存在だったのかもしれないとして、こう続けています。「日記を書き始めた当初は、友人たちと会えなくなる日がやってくるとは想像もしていなかったでしょう。しかし、非情にもその現実がたちまちやってきてしまった。キティーという架空の友人は、アンネが希望をもって生きる上で、もっとも重要な役目を果たすことになるのです」と。家族や同居人もいたとはいえ、外の世界と断絶された隠れ家での生活がどれほど孤独なものであったかを想像するのは容易ではありません。しかし、そうした中で、アンネはキティーという特別な存在によって支えられ、そして、そのことによって、日記帳に記す言葉に大きな力が与えられたのでした。「親愛なるキティー」という存在は、アンネにとって何か神さまからの特別な贈り物であったように感じます。

「主なる神は言われた。「人が独りでいるのは良くない。彼に合う助ける者を造ろう。」」

この世界を創造し、アダムという最初の人間を造られた後、神さまはこのように言われました。人は初めから、誰かと共に生きるように造られたのでした。このあと、アダムのもとには動物たちがいろいろ連れて来られるのですが、なかなかアダムに合う者が見つかりません。そこで神さまは、アダムを眠らせ、そのあばら骨の一部から女の人、エバを造られました。すると、アダムは、「ついに、これこそわたしの骨の骨、わたしの肉の肉」と言って喜んだのでした。この話は、男女の結婚という関係を神さまが定められたものとして読むことができるわけですが、その上で、アダムとエバは最初の人間関係ですから、ここにはもっと広く、あらゆる人間関係の原点を見てもいいのではないかと思います。「人が独りでいるのは良くない。彼に合う助ける者を造ろう」という神さまの言葉は、夫婦で生きることはもちろん、友人と生きること、仲間と生きること、誰かと共に生きることの大切さやすばらしさを教えているように思います。

皆さんには今、共に生きる誰かがいるでしょうか。そして、その人に向かって、本当に力のある、生きた言葉をいつも語っているでしょうか。アンネよりもはるかに幸せな時代と環境の中に暮らし、携帯やスマホにはたくさんの名前やアドレスが登録されていても、どこか孤独を感じながら、むなしい言葉に指先を費やしながら生きているということはないでしょうか。「人が独りでいるのは良くない」、神さまはあなたにもこのように語られています。そして、神さまは、私たちのために、共に生きることのできる最もすばらしい相手、イエス・キリストを与えてくださいました。目には見えません。しかし、キリストは架空の人物ではありません。この地上を歩まれ、私たちのために十字架にかかり、復活してくださったお方です。このキリストを信じ、共に歩むことができます。そして、そのとき、私たちの言葉もまた力を持つことでしょう。文学的な才能はなくても、美しい文章は書けなくても、ただキリストと出会うなら、私たちも、「ついに、これこそ」というアダムの喜びの言葉、力ある言葉を全身から発することができるようになるはずです。

そして、キリストと共に歩むとき、同じようにキリストを信じる仲間も与えられます。それが教会という場所です。教会で、共に歩む人たちと出会うことができます。祈りと賛美という力のある言葉を、そこで語り始めることができます。今、このラジオをお一人で聞いておられる方もあるかもしれません。しかし、あなたもキリストと共に生きていくことができます。信じて、「親愛なるイエスさま」と祈ってみてください。そして、どうぞ、この日曜日、教会へと足を運んでみてください。「人が独りでいるのは良くない」、あなたが独りでいるのも良くないと、神さまは語っておられるのです。

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