命のパン

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聖書の言葉

イエスは言われた。「わたしが命のパンである。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決して渇くことがない。

新約聖書 ヨハネによる福音書 6章35節

宮﨑契一によるメッセージ

しばらくの時間、聖書の言葉から教えられたいと思います。

聖書の中にあるイエス・キリストの言葉を見ていると、本当に面白いなと思わされます。

「わたしが命のパンである。」イエスは、このように語られます。これを食べる者は死なない、と言われます。イエスはまた、わたしの肉を食べ、その血を飲まなければ、あなたたちの内に命はない、このようにも言われているのです。わたしの肉を食べ、その血を飲む、そこにあなたたちの命がある、とイエスは言われます。ラジオを聞いておられるみなさんは、この人は少し変わったことを言っているのではないか、と思われるかもしれません。

イエスがここで、「わたしは命のパンである」と言われたり、「わたしの肉を食べ、その血を飲むこと」と言われているのは、私たちにとってのまことの食べ物についてのことです。私たちに本当の命を与えるものは一体何か、ということになります。

私たちは、誰もがそうですが、食べるものが無ければ生きていくことはできません。全ての人に毎日の食べ物は必要です。みんなそれを得るために、必死で働きます。それが確保されれば、私たちは安心をしますし、それが得られないと思えば、不安な思いになります。生きていくためのものが保証されなければ、私たちは、不安な思いになるのだと思います。

そのように、毎日の食べ物はもちろん必要です。ただ、ここでイエスは、単なる食べ物の話をされているのではありません。ここでイエスは、あなたがたは単に地上のパンのことで精一杯になってはならない、本当のパンのためにあなたがたは働いてみてはどうか、それを求めたらどうだ、こういうことをイエスは言われます。

ここでイエスが言われているのは、いつまでもなくならないパンのこと、イエスの言葉によればそれは、私たちが永遠の命に至る食べ物のことです。その本当のパンを求めてはどうか、そのために働いてみたらどうか、ということです。

そして、ここでイエスは、その食べ物はわたしだ、こう言われるのです。「わたしが命のパンである。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決して渇くことがない。」イエス・キリストの言葉です。

このイエスの言葉は、私たちの今の在り方を問いかけます。私たちは、毎日の生活の中で、どうしても、渇きを覚える、ということがあります。仮に、自分の思いや願いや希望、自分の計画が思い通りになったとしても、それで自分の人生が完全に満たされることはありません。どこかに生きることの空しさがあります。仕事での難しさ、家族の中での問題、学校での人間関係の難しさ、いろいろなものがある中で、人生に飢え渇いているのが、私たちの現実ではないでしょうか。

聖書が教えているのは、この世のもので、人の人生は本当に満たされない、ということです。それは、この世のものはいつまでも続くものではないからです。やがて、終わりが来ます。私たちの命も同じです。この世のものは、全てやがて、朽ち果てていきますし、腐敗します。それを避けることはできません。

しかし、そこに、天から、永遠のもの、いつまでも無くならないものが与えられた、それが聖書が記していることです。イエスは、神が天から与えたまことの食べ物がある、それがわたしだ、とこう言われました。そして、イエスは、わたしのもとに来なさい、そして、わたしを受け取りなさいと、と私たちに語りかけています。

このイエスというパンを受け取る、またはそれを食べる、と言われますと、私たちには少し想像しにくいことかもしれません。けれども、それは要するに、一人一人がイエスのもとに行って、この方を信じる、ということです。この方をそのように受け入れる、ということです。そのようにイエスを信じ受け入れる者は、飢えることがなく、渇くことはない、イエスはこのようにお語りになりました。他にこのように私たちに語った方はいるでしょうか。

聖書にあるイエス・キリストは、御自身が十字架の死から復活をされた方です。いつまでも無くならない方、永遠の方です。この方は、戦争を始め、どのような、人間の起こす悲惨な現実の中にも、おられます。また、私たちが毎日生きる場所に、この方は共におられます。復活をされ、永遠に生きておられるイエスは、私たちのどのような悲しみや嘆き、悲惨な現実の中にも、唯一勝利者としておられる方です。そして、この方は、わたしがまことのパンである。わたしのもとに来る者は飢えることがなく、渇かない、このように一人一人に語っておられます。

キリスト教会には、このイエス・キリストがあります。この方を信じ、この方をまことのパンとして受け取る生活がそこでなされています。このイエス・キリスト、ただこの方に期待をして、どうぞ、教会においでいただければと思います。

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