愛は結びの帯

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聖書の言葉

これらすべてに加えて、愛を身に着けなさい。愛は、すべてを完成させるきずなです。

新約聖書 コロサイの信徒への手紙 3章14節

吉田実によるメッセージ

私どもの教会では今年の3月より、「ハレルヤアート工房」という小さな手作りアクセサリーの工房を始めました。私と一人の青年の二人で始めた小さな工房なのですけれども、先週お話しいたしましたように、私は園芸が趣味ですので、教会の庭にはいつも沢山の花が咲いています。そんな花をドライフラワーにしまして、特殊な樹脂で固めてブローチやペンダントなどに加工するという作業を、今試行錯誤しながら続けているのです。牧師がどうしてアクセサリー作りなどを始めたのかと申しますと、それは十数年前からお付き合いが始まりました、一人の生きにくさを抱えた青年との友情から始まったことです。他人と接する事が苦手なその青年が、ある作業所に行きかけたのですけれども、結局人間関係で挫折してしまって深く落ち込み、「これからどうやって生きて行けばよいのかが分からない」という切実な訴えをなさいました。お母様と二人暮らしの彼は、他人ではお医者様と、カウンセラーと、私の3人の人と接することが出来ます。そしてお医者様もカウンセラーの方ももちろん力になってくださって彼を支えて下さっているのですけれども、当然のことですがそれぞれの専門分野において支えて下さっているのでありまして、彼という人間の全体、その人生の全体に関わって下さるわけではありません。一方、私は医学も心理学も学んだことのない全くの素人ですので専門的なことは何もわかりませんし、治療もカウンセリングも出来ないのですが、彼の友人としてこれからどうやって生きて行くかということを一緒に考えることは少しはできるかもしれないと思いまして、対話を続けてまいりました。何か一緒に出来ることはないかということを考えながら、色々と試行錯誤を繰り返す中で、出来れば単純な内職をたくさん抱えて作業に追われるよりも、たとえゆっくりで効率が悪くても、そこに出来上がる物に対して芸術的価値を認めていただけるような、そんな作品作りをする方が楽しい、ということに思い至りました。楽しくなければ長続きしませんし、友達とは一緒に楽しいことをしたいのです。それで、以前ある方から木の実を乾燥させてネクタイピンに加工したものをプレゼントしていただきまして「こんなのが自分でも作れたら楽しいのになぁ」と思ったことを思いだしまして、何とか似たようなものを作ることが出来ないかと、インターネットで色々と調べながら自分でも工夫をしまして、最終的にドライフラワーを作って特殊な樹脂で固めるという作業に行きついたのです。アクセサリーのことなど全く知らない男二人が突然始めたことですので、基本的なことが全く分かっていなくて、金具を反対に取り着けたり、ピアスの花が大きすぎたりと、いろんな失敗を繰り返してきましたけれども、そんな様子を見るに見かねて、アクセサリーのことを教えて下さる協力者が現れたり、フェイスブックに挙げた作品の写真を見て「私にもピアスを作って」とお声をかけて下さる友人たちも現れまして、今応援して下さる方々の輪が少しずつ広がっています。何よりも、その青年が週に2回教会に通うことが出来るようになりまして、楽しく作業を続けてくださっていることがとても嬉しいのです。また、そのハレルヤアート工房の作業が私自身にとりましてもとても楽しくて、大変励みになっています。美術の勉強をしてきたことも無駄ではなかったと思えるようになりましたし、園芸を始めて良かったとも思いましたし、自然の花をじっくり観察しながら、神様のデザインの素晴らしさに改めて目が開かれまして、忙しさの中でも心が癒される思いがしています。ですので、ハレルヤアート工房の作品は神様のデザインである花そのものの美しさを出来る限り生かすということをコンセプトに制作しています。小さな一つの花にもこんなに素晴らしい神様の愛が注がれているということを覚えながら、その愛がどなたかの心に届きますようにと祈りつつ、一つ一つの作品を作っています。そしてこの工房が出来たことも、もとをたどれば、枯れた花を見て「かわいそうに」とおっしゃった一人のおばあちゃんの愛の言葉とつながっていますし、「生活困難者の自立支援」というようなことではなくて、「友達のために何か出来ることはないだろうか」と考えた、友情という愛から始まった出来事だと思います。「愛は、すべてを完成させるきずなです。」と初めにお読みいたしました聖書の箇所に書かれていました。前の翻訳では「愛は、すべてを完全に結ぶ帯である。」となっています。憎しみや怒りや妬みは、人と人との関係を破壊します。しかし愛によって始めたことは、いろんな人同士を結び付け、一見「無駄」と思えたことも、「不幸だ」と思っていた出来事さえも結び付けながら、一つの物語にまとめ上げてくれます。そのようにして「神の国」すなわち「神様の御支配」は、愛によって繋がり合いながら完成に向かって進んでいるのです。イエス・キリストの十字架に現された神様の愛が、今ラジオをお聞きの皆様の心にも届いて、この神様の愛の物語の中に皆様も登場して下さいますことを、心から願っています。

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