神の国は小さく始まる

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聖書の言葉

そこで、イエスは言われた。「神の国は何に似ているか。何にたとえようか。それは、からし種に似ている。人がこれを取って庭に蒔くと、成長して木になり、その枝には空の鳥が巣を作る。」

新約聖書 ルカによる福音書 13章18節

吉田実によるメッセージ

私は十年程前から園芸に目覚めまして、教会の庭やプランターでお花を育てることが趣味なのです。でも、もともとは園芸には全く興味がありませんでした。「花の水やりなど、牧師の仕事ではない」と思っていました。ですから、教会員の方が教会の庭にお花を植えて下さってもなかなかうまく育たなかったのです。そんなある日、もうお亡くなりになった一人のおばあちゃんが、枯れた花の後片付けをしながら、ポツリとつぶやかれたのを私はたまたま聞いてしまったのです。「かわいそうに。」その一言を聞きまして、私は雷に打たれたように激しく悔い改めまして、それ以来「花の水やりも牧師の仕事だ」と考えるようになりました。そして実際に水やりを始めますと、花はちゃんと応えてくれて綺麗に咲いてくれますので、だんだん楽しくなりまして、自分でも苗を買ってきて植えるようになりまして、今では教会の敷地の内側だけではなく外側からも見えるように、いつも花でいっぱいになるように育てています。そういう中で大変嬉しいことがありました。数年前に一人の若い女性が「花の綺麗な教会だなぁ」と思って礼拝に来てくださって、そのまま出席してくださるようになったのです。その方は在日朝鮮人の方で、子供の頃から色んな差別を受けて辛い目をしながら生きて来られた方でした。そんな彼女が、いろんな悲しい体験を経ながらも、ある教会に導かれて、信仰を与えられてクリスチャンになったのですけれども、いろんな事情でその教会に通えなくなってしまいまして、「どこか近くに自分を受け入れてくれる教会はないか」と探しておられたのです。そんなときに、たまたまうちの教会の前を通られて「花がきれいな教会だなぁ」と思って、入って来てくださったのです。そして礼拝後にみんなで歓談しておりました時に、以前何度かお話をさせていただきました我が家の重度の知的障害をもつ息子が、パンツ1丁で会堂に飛び出してしまいまして、その後ろから私の妻が「コラ!献、ズボンはきなさい!」と言って追いかけ回すという、大変恥ずかしい姿を見せてしまったのです。けれども彼女は、そんな様子を教会員が別に驚くこともなく自然に受け入れている様子をご覧になりまして、「この教会なら私を受け入れてくれるかもしれない」と思って、続けて出席してくださいまして、やがて私たちの教会に加わってくださいました。そして数年前にご結婚をなさったのですけれども、相手の方は、アスペルガー症候群という発達障がいを持たれた方でした。知的能力は高くて言葉の障害もありませんが、自閉症的な独特のこだわりがある、人とのコミュニケーションが難しい発達障がいなのです。子供のころからずっと「どうして自分はこんなに生きにくいのだろう。」と悩んでおられて、数年前に思い切って検査を受けたところ、アスペルガー症候群であることが分かったそうです。それ以来御自身の特徴を積極的に受け入れて、色々と工夫をしながら生活しておられます。その方と彼女が出会われまして、お互いに沢山傷つきながら歩んで来たお二人ですので、丁寧に色んなことを語り合いながら、一つ一つ確認し合いながら、ついに「一緒に歩んでいきましょう」と言うことになりました。その様子はそばで見ていてとても感動的でした。教会で結婚式を挙げ、式の後も教会でお茶会形式の披露宴をいたしました。おいしい朝鮮料理が沢山振る舞われて、在日朝鮮人のお友達が太鼓をたたきながら朝鮮の歌を歌ってくださいまして、日本人も朝鮮人も、障がいのある人もない人も、みんなで食べて、歌って、踊って、とっても楽しかったことを覚えています。「この雰囲気はかなり神の国に近いんじゃないかなぁ」と私は思いました。そしてこのお二人の間にはやがて元気な男の子が生まれましたので、この物語はまだまだ続いて行きます。もとをただせば、一人のご婦人が枯れた花をご覧になって「かわいそうに」とおっしゃった、その愛の一言から始まった物語であるということを、今しみじみと思わされています。このように愛からなされたことは、本人も知らない所でいろんな良い影響を与えながら連鎖して広がって行きます。また同じように、憎しみや怒りからしたことも、逆にいろんな良くないことを生みながら、やはり連鎖して広がって行くのです。そういう考えますと、私たちが腹を立てたときにそこでどうするかということは、決して小さなことではないということがわかります。そこで腹立ちまぎれに何かをすれば、その苦い思いが良くない波紋を広げてゆくのです。けれどもそこで一度踏みとどまって、そこでなお愛に基づいて語り行動するなら、それは苦い思いがこの歴史の中に放たれていろんな良くないことを生み出す可能性をそこで断ち切ったのであって、逆に愛の連鎖の出発点になることが出来たのであって、そのことの意味は決して小さくありません。「神の国はからし種のような小さなところから始まって、やがて大きく成長する」と聖書に書かれています。神の国とは神様の御支配のことであり、神様の御支配は愛によるご支配なのです。今日の皆様の決心から、そこに神の国が来ますように。

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