ようこそ、チーム・キリストへ (1)

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赤石めぐみによるメッセージ

いつかの冬のオリンピックで、活躍ぶりを見せたカーリングの「チーム青森」が有名になってからでしょうか、「チームなんとかかんとか」というネーミングを、このごろ、よく聞くようになりました。「チーム青森」は青森のチームだったからそのような名前になったのだと思いますが、このところよく聞く「チームなんとかかんとか」というのには、大きく分けて2種類あるかなあ、と思います。

一つは、共通の目標を掲げているものです。たとえば「チームマイナス6%」。二酸化炭素の排出量を2012年までに1990年に比べて6%減らそうという目標に、一緒に取り組んでいる人たちの集まりを指しています。もう一つは、スポーツ選手など、一人の人の名前を付けているものです。たとえば「チームQ」。マラソンの高橋尚子選手が大会で優勝できるようにとあらゆるサポートをする体制を指しています。

「チームなんとかかんとか」というのをたびたび聞いて、その使われ方を考えているうちに、「あ、教会に集まっている人々のことを、まさしく『チーム・キリスト』と言えるんじゃないかなあ」と思いました。教会に集まっている人にとって、「キリスト」というのは、目標でもあり、擁立したい一人の人でもあるからです。

イエス・キリストという人は、神さまの前に正しく生きた、ただ一人の人です。神さまを愛し、隣り人を愛する生き方を貫いた人です。他方、人間の現実はと言えば、イエス・キリストなんて自分とは何の関係もない、それよりも、なぜこのようなことが自分の身に起こるのか、なぜ人は自分のことをわかってくれないのか、「自分、自分」と常に言っているような有り様です。

この地上で人生を送るときに、「自分、自分」という思いを強く持ちすぎていると、とても生きづらくなってしまいます。「自分」の人生、なのですけれども、「自分、自分」と言わないようにしてみると、だんだんと、周りの人のことを考えるようになり、また、神さま、という存在を考えるようになるのではないでしょうか。

イエスさまという人は、神さまのお考えになっていることを第一とし、「自分、自分」と言っている私たちとはまるで正反対に、自分を捨てて、十字架へと向かわれました。それはしかし、私たち人間への当てつけではなく、私たちを愛していてくださっているからこそ示された忍耐でした。「わたしについて来たい者は、自分を捨て、日々、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。」とイエスさまは、お手本を示して、神を愛し人を愛して生きる生き方を教えて下さったのです。このイエスさまに倣う者となりたい。ですから、イエス・キリストは教会に集まっている人たちの目標なのです。

イエス・キリストを目標として、イエス・キリストに倣って生きる、ということは、もはや「自分、自分」と言わず、神さまと関わり、人と関わって生きる生き方をする、ということですから、決して単独で存在してはいません。世界を股にかける「チーム・キリスト」のメンバーになっていることになります。チームにはいろいろな人がいて、いろいろな働きを分担しています。チームのキャプテンはもちろんイエスさま。最初からそうですし、どんなにメンバーが増えたとしても、永遠にキャプテンはイエス・キリストで変わりがありません。

けれども、チーム・キリストに入っても、私たち人間の「自分、自分」と言ってしまう癖はなかなか直りません。そしてそれは、チームにとても悪い影響を及ぼします。スポーツのチームを考えてみたときに、個人プレーで目立とうとするメンバーがいて、チームワークを阻害し、それがために目標とする勝利を逃してしまう、ということがあると思います。こういう人は、チームプレーにおいては大変困る存在です。「チーム・キリスト」こと教会においても、昔からこの問題がありました。聖書にこのようなことが書いてあります。

「体は一つでも、多くの部分から成り、体のすべての部分の数は多くても、体は一つであるように、キリストの場合も同様である。(中略)体は、一つの部分ではなく、多くの部分から成っています。足が『わたしは手ではないから、体の一部ではない』と言ったところで、体の一部でなくなるでしょうか。耳が、『わたしは目ではないから、体の一部ではない』と言ったところで、体の一部でなくなるでしょうか。」

才能や務めや働きには、多様性はあるけれども、優劣の差はない、どれも大切で、全体のためにあるのだ、と言われています。「チーム・キリスト」は、私個人の勝利を目指しているのではなく、みんなで、キリストが勝利されることを目指しています。

一部分にすぎない者同士ですけれども、結束して一つになったら、とても大きな力になります。「チーム・キリスト」の場合、世界大の規模を考えると、本当に一つになれたなら、とてつもなく大きな力を発揮できるのに、と思います。でも現実には、各部が「自分、自分」と言わせる悪い力に屈してしまって、ちっとも一つになれていないような気がします。どうしたら、「チーム・キリスト」は本当に一つになれるのでしょうか。今一度、目標であり、頼もしいキャプテンであるイエス・キリストの姿を思い起こさなければ、と思います。イエスさまはそういう悪い力に負けたことがない、ただ一人の人だからです。頼もしいキャプテン・キリストのもとに、「チーム・キリスト」に、どうぞあなたも集ってください。

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