分かち合う喜び②

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聖書の言葉

友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。

新約聖書 ヨハネによる福音書 15章13節

吉田実によるメッセージ

只今お読みいたしました聖書の言葉、すなわち「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない」という御言葉は、イエス・キリストが「互いに愛し合いなさい」ということを教えて下さっている文脈の中で語られた御言葉です。ということは、「友のために自分の命を捨てる」ような愛で「互いに愛し合いなさい」と、イエス様は教えてくださったということになります。果たしてそんなことが可能なのでしょうか。

話は変わりますが、「アンパンマン」というアニメを皆さまもご存じだと思います。アンパンマンは正義のヒーローでありまして、悪さをするバイキンマンをやっつけるのです。そしてアンパンマンの顔はアンパンで出来ていますので、食べられるのです。それで、アンパンマンはおなかがすいて弱っている人を見かけたら、「僕を食べて」と言って自分の顔を分けてあげるのです。「友のために自分の命を捨てる」と聞きまして真っ先に思い浮かべますのは、私は牧師ですから、やはりイエス・キリストのことなのですけれども、このお腹がすいて弱っている人に自分の顔を食べさせてあげるアンパンマンの姿にも、イエス・キリストの愛が映し出されているように思います。なぜなら、アンパンマンの作者でありますやなせたかしさんはクリスチャンだったからです。やなせさんは戦争中に「本当の正義とは何か」ということを考え抜いたそうです。そして食べる物が何もないという苦しさを身を持って体験したやなせさんは「正義の味方だったら、まず飢えている人に食べさせて命を助けるはずだ」という考えに行きつきます。そして戦後、そんな御自身の「愛と正義」についての理解を作品に込めて「アンパンマン」を書かれたのです。その第1話のあとがきの中でやなせさんご自身がこう書いておられます。「空腹の者に顔の一部を与えることで悪者と戦う力が落ちるとわかっていても、目の前の人を見捨てることをしない。かつ、それでありながら、たとえどんな敵が相手でも戦いを放棄しない」。そんなやなせさんの「愛と正義」に対する理解が、アンパンマンの姿に表れているのです。

話はまた変わりますが、わたしは先日『海は燃えている』というドキュメンタリー映画を見ました。イタリア最南端の小さな島を舞台に、漁師の息子で12歳の少年サムエレを中心としたのどかな島の日常風景が淡々と映し出されます。その一方で、同じ島の対岸に、舟に乗ってアフリカや中東から脱出してきた難民たちが次々と漂着してくる様子が映し出されます。中には過酷な船旅に耐えることが出来なくて命を落とす人もいます。舟によっては無慚な死体が船底に折り重なっているというような悲惨な現実がそこにはあるのです。サムエレ少年のごく普通の日常生活と、漂着してくる難民たちの悲惨な現実が交互に映し出されるのですが、最後まで両者が交わることはなく映画は終わります。ナレーションもなければバックミュージックもない。そんな映画です。この映画の中で、その一つの島の二つの現実を結び付ける唯一の存在が、その島に一人だけいるお医者さんなのです。彼はサムエレ少年の目の治療をしたりしながら、一方では漂着する難民たちの救急救命をいたします。そしてすでに亡くなっている難民の検死やサンプル採取という辛い仕事もしなければなりません。その辛さを、彼はインタビューの中で吐露しています。そしてそんな一人の医師の苦悩の中に、わたしはかえって人間の希望を見る思いがしました。難民を受け入れるなどということは止めて彼らを排除すれば、そんな辛い姿を見ることもなく、その医者も苦悩から解放され、島の平和は保たれます。けれどもそうした時に、人間として大切なものを失ってしまう。そう感じているからこそ、彼らは苦悩しながらも難民を受け入れ続けているのです。その姿は、おなかをすかせて弱っている人を見たときに、自分自身が弱ることを顧みずに自分の顔を差し出しながら、それでも悪の力と戦うことを止めない、アンパンマンの姿と重なって見えました。そしてその向こうに、御自身の命を差し出しながら私たちの友となってくださったお方、そうしながら「互いに愛し合いなさい」と教えて下さった、イエス・キリストのお姿が見えるような気がいたしました。

私たちは実際に「友の為に自分の命を捨てる」などということは、多分難しいと思います。でも、目の前の弱っている一人の人を見たときに、自分の命の一部である時間や力を、その人のために差し出すことは出来るかもしれません。そうすることによって自分の平和が脅かされるかもしれない。自分自身が弱るかもしれない。けれども、その目の前の弱っている人を「見て見ぬふり」をして排除して「自分たちだけの平安」を手に入れる時に、人は人として落ちてしまうのです。「僕アンパンマン。おなかがすいたら、僕を呼んでね!」そんなふうには言えない私たちだと思います。でも、今日出会う目の前の1人の弱っている人を無視することなく「何かお手伝い出来る事はありますか」と言って微笑むことはできるかもしれません。その時に、「自分の命を捨てるような愛」で友を愛するという歩みは、ささやかに、でも確かに、そこに始まっているのです。

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