主の祈り 7

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聖書の言葉

わたしたちを誘惑に遭わせず、悪い者から救ってください。

新約聖書 マタイによる福音書 6章13節

吉田謙によるメッセージ

今日は、この「主の祈り」の第6番目、「わたしたちを誘惑に遭わせず、悪い者から救ってください」という祈りについて学びたいと思います。

今、私たちが通常祈っている「主の祈り」では、この後に「国と力と栄えとは限りなくなんじのものなればなり」という言葉が付け加えられています。しかし、これは教会が後から付け加えた信仰告白で、聖書で教えられている「主の祈り」は、今日の祈りで閉じられているのです。イエス様は、「主の祈り」を「わたしたちを誘惑に遭わせず、悪い者から救ってください」という願いで閉じるようにと教えられました。

「人間の一番美しい姿は、祈っている時の姿である」と言った人がいます。確かに、私たちの生活の中で、一番綺麗な心でいられるのは、祈っている時ではないでしょうか。神様を一番近くに感じ、神様の愛を一番心に深く刻み込んでいる時です。けれども、やがて私たちは、その祈りを終えて、現実の生活へと戻っていかなければなりません。そこには、神様の愛がかき消されてしまいそうな辛い出来事が待っているかもしれません。あるいは私たちの欲望をくすぐる様々な誘惑が待っているかもしれません。もしかすると私たちは、祈り終えて一時間も経たない内に、誘惑に誘われ、汚れに染まっているのかもしれない。祈りの時間が終わると、私たちは、たちまち、その一番よい状態から現実の世界へと引き戻されてしまうのであります。

そこでイエス様は、いよいよ私たちがこの祈りを閉じて、現実の生活に立ち向かうにあたって、最後に「誘惑から守られるように」と祈りなさいと教えられたのです。

この「誘惑」という言葉は、「試練」とも「試み」とも翻訳することができる言葉です。そして、その中心的な意味は、やはり「試み」でありましょう。つまり、今、私たちが祈っている「主の祈り」の言葉、「我らを試みにあわせず」というのが一番正確な翻訳なのです。「試み」とは「テスト」という意味です。誘惑によってテストされる人もいるでしょう。試練によってテストされる人もいるでしょう。そういうテストによって、その人が神様に従って生きる人であるかどうか、信仰を守り通すことができる人であるかどうか、その真価が問われるのです。それが「試み」という言葉の意味です。つまり、「私たちを試みにあわせないで下さい」というこの祈りは、「そういうテストから私たちを守って下さい」という祈りなのです。

パウロという人は、このように言いました。「神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださいます。」(コリントの信徒への手紙一10章13節)

確かに、この世には試練と言われるものがあります。しかし、神様はそれと同時に逃れる道をも備えて下さる、本当のテストからは救い出して下さる、と言うのです。これはパウロ自身が実際に味わっていた経験でした。パウロは、コリントの信徒への手紙二のところでこう言っています。「わたしたちは、四方から苦しめられても行き詰まらず、途方に暮れても失望せず、虐げられても見捨てられず、打ち倒されても滅ぼされない。わたしたちは、いつもイエスの死を体にまとっています、イエスの命がこの体に現れるために。」(4章8節)パウロは、本当に様々な苦しみや悲しみを経験した人ですけれども、それによって自分がテストされ、自分の弱さがさらけ出されるということはなかった、と言うのです。それでパウロは「苦難をも誇りとします」という有名な言葉を語りました。「苦難をも誇りとします。わたしたちは知っているのです、苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生むということを。希望はわたしたちを欺くことがありません。わたしたちに与えられた聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからです。」(ローマの信徒への手紙5章3節以下)

神様が私たちに試練を与えられるのは、私たちをつぶすためではありません。そうではなくて私たちの信仰から不純物を取り除き、その信仰を練り上げるため、成長させるためであります。これが様々な試練をくぐりぬけてきたパウロの実感でありました。そしてこれは、幾つかの試練をくぐり抜けてきた私たちにとっても、素直に「アーメン」と言えることではないでしょうか。神様は私たちがつぶれるようなテストは決してなさいません。私たちが転び落ちそうになった時には、必ず支えて下さいます。何よりも、この「主の祈り」は、「あなた方はこのように祈りなさい」とイエス様が直々に教えて下さった祈りです。つまり本当に心からこの祈りを祈るならば、イエス様がこの祈りをしっかりと受け止めて下さる、必ずや私たちを試みから守って下さる、というこでありましょう。この安心感の中で、「主の祈り」を日々真剣に祈りつつ、日々の戦いを戦い抜いていきましょう。

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