静岡キリスト教盲人伝道センター物語

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聖書の言葉

さて、イエスは通りすがりに、生まれつき目の見えない人を見かけられた。弟子たちがイエスに尋ねた。「ラビ、この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。本人ですか。それとも、両親ですか。」イエスはお答えになった。「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである。」

新約聖書 ヨハネによる福音書 9章1~3節

吉田実によるメッセージ

今回は、私たちの日本キリスト改革派教会の中から始まりました、大切な「愛の業」の働きについて、ご紹介したいと考えています。今朝は「静岡キリスト教盲人伝道センター」について、ご紹介させていただきます。

静岡キリスト教盲人伝道センターは、全盲の牧師青山輝徳先生のお働きから始まりました。青山先生は1925年に台湾でお生まれになりまして、その後横浜に移り住むことになりますけれども、1945年5月30日、横浜空襲で落とされた不発弾に触れてしまい、その爆発によって重傷を負われたのです。6人の友人が輸血に協力をしてくれまして、何とか一命を取り留めましたけれども失明し、全身に障がいを負うことになります。

若干20歳の青年が、突然の事故によって視力を失ったわけですから、そのショックの大きさは想像を絶するものがあったと思います。そして「自分は、何のために生きているのだろう」と考え苦悩する日々の中で終戦を迎えた青山青年は、占領下で開始されたラジオの宗教番組に耳を傾けるようになって行きます。そして「キリスト教というものは不思議なものだな。どうして生きる力をあたえてくれるのだろう」と考えるようになります。

そして終戦より2年後にお母様が亡くなられたことをきっかけに、叔父様を頼って岐阜に移ります。その時、横浜の友人たちが「青山はキリスト教に興味があるそうだ」ということで、餞別代りに旧新約聖書を贈ってくれたのです。もちろん青山青年は自分で聖書を読むことはできませんので、叔父様に読んでもらったそうです。叔父様はぶつぶつとキリスト教の悪口を言いながら、それでも聖書を読んで聞かせてくれたそうです。そのような中で、青山青年は聖書の御言葉の力に動かされ、イエス・キリストを救い主として受け入れる決心をいたします。

そして岐阜の教会で洗礼を受けた青山青年は、受洗後すぐに献身の決意を固めます。そして特別伝道礼拝の講師として招かれた岡田稔先生と出会うのです。やがて神戸改革派神学校の初代校長となられる岡田先生は、青山青年に間もなく神学校が開校されることを知らせ、入学を勧めます。そして青山青年は岡田先生が灘教会で営んでおられた「昭和神学研究所」で井原牧生、諏訪武臣、諏訪哲夫、吉岡繁といった神学生たちと出会い、改革派神学に目覚め、1948年に新しく開校された神戸改革派神学校の1期生として入学するのです。

ここで青山青年はやっと点字聖書全巻を手に入れましたが、それ以外の神学書はありません。本を読んで勉強をしたくても出来ないのです。それで、ウエストミンスター信仰基準などを同じ神学生の仲間に読んでもらって、自分で点字に翻訳して勉強をなさったのです。

神学校卒業後すぐに、岐阜の教会で出会った鶴江さんと結婚をいたしました青山先生は、最初は福井の教会に遣わされますが鶴江さんの健康上の都合で長くは続かず、その後四国の坂出にある教会に遣わされ、そこで2年間奉仕をされます。この坂出で、いつもこのキリストへの時間の司会をしてくださっています、われらの「田村真理子さん」がお生まれになったのです。青山先生は真理子さんのお父様なのです。

やがて、鶴江さんの実家から「住居は提供するので、静岡で開拓伝道をしてみないか」というお申し出があり、お二人は静岡に移って伝道を始めます。こうして、やがて日本キリスト改革派静岡教会が誕生するのです。そしてご自身が盲人としてキリスト教信仰の学びに大変苦労をなさった青山先生は、盲学校でのバイブルクラスを始めると共に、キリスト教の信仰を教えるための書物の点訳を開始いたします。

そしてそのような中、1962年にマカルピン宣教師というアメリカの宣教師を通して200冊の点字で書かれたキリスト教図書が突然寄贈されます。それはマカルピン宣教師の刑務所伝道によってクリスチャンになった岐阜刑務所の1人の受刑者が、罪を悔い改めたしるしとして1人でこつこつと点訳したものでした。この200冊の点字図書をきっかけに静岡教会に点字図書館が開設され、やがては点字図書や録音テープの貸し出しが始まり、今ではデジタル化も進み、静岡キリスト教盲人伝道センターは日本で唯一のプロテスタントキリスト教専門の点字図書館になっているのです。

かつて一人の青年が突然の事故によって視力を失い、生きる意味を見失いかけたときに、神様はラジオの電波を通して彼に希望を与え、生きる意味を教え、やがて名もない一人の刑務所の受刑者をも用いながら、彼にしかできない働きを始めさせて下さったのです。このイエス・キリストの父なる神様は、このラジオの電波を通して、あなたにも語りかけて下さっています。このお方の御声に耳を傾ける時に、あなたの苦しみや悲しみは、「神の業」が現れるための舞台となるのです。

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