父親の眼差し

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聖書の言葉

兄弟たち、わたしはあなたがたには、霊の人に対するように語ることができず、肉の人、つまり、キリストとの関係では乳飲み子である人々に対するように語りました。わたしはあなたがたに乳を飲ませて、固い食物は与えませんでした。

新約聖書 コリントの信徒への手紙一 3章1~2節

山中恵一によるメッセージ

父親の眼差しというシリーズで、子育てパパの視点から、聖書のお話を紹介させて頂いています。今、ウチの子は、がんばって離乳食に挑戦しています。妻によれば、ウチの子どもの離乳食への移行は、だいぶゆっくりペースだそうです。これから、ぐんぐん成長するためには、おっぱいから、徐々に固形物を食べられるようにならなくてはなりません。こどもの成長に合わせて、親は食べるモノを選んで、子供に提供します。・・・冒頭で、父親の眼差しと言いましたが、ウチの坊主の離乳食は、完全に母親のテリトリーです。わたしは、脇で見ているだけですが、まぁ、本当に、至れり尽くせりですね。食べやすいようにみじん切りにしたり、ミキサーにかけたり、と大変な手間をかけています。食感に気を使っているんですね。そして、食べ物そのもの以前に、彼は機嫌が悪いと食べようとしません。へそをまげて泣いているときなんかは、食事の前に機嫌取りから始めなくてはなりません。離乳食の期間とは、ちゃんと決まった時間に、座って食事を取れるように、とのしつけの期間でもあるように思います。本当に、大変な手間がかかるのですが、これも一重に、彼の健やかな成長のため、必要な栄養を取って、健康に育って欲しい、という思いによるものです。

今朝の御言葉は、パウロという教会の指導者が、コリントという町にある教会での働きを振り返って語られている言葉です。そこで、自分がどのように、教会の方々の信仰を育んできたのかが伝えられていました。「わたしはあなたがたには霊の人に対するように語ることができず、肉の人、つまり、キリストとの関係では乳飲み子である人々に対するように語りました。」「霊の人・肉の人」という謎めいた言葉がありますが、「霊の人」というのは、イエス様を救い主として信じて、イエス様が教えてくださった生き方をしている人のこと。「肉の人」とは、イエス様を信じる以前の人。罪も赦しもよくわからない。イエス様が教えてくださった生き方にも関心がない人のことです。

パウロはコリント教会の人たちを教える始めた時、教会の人達は、「イエス様なんて知らない!」という前提で、語りました。まずは、大切なことだけ、理解しやすいこと、受け入れやすいこと、まるで、赤ちゃんが飲むおっぱいのような教えを伝えて、人々の信仰を育みました。母親が赤ちゃんにおっぱいをあげるようにして、です。飲まなきゃ死んでしまう。これを口にするように!そうやって、イエス様の十字架の救いということを伝えたんだと思います。しかし、コリントの教会は、おっぱいまでは口にしたけれど、中々に固い食べ物が食べられない子供のようだ、とパウロは言います。どの家の母親も、息子には、大人になってもおっぱいを飲まそうなどとは考えません。母親は、子供のさらなる成長のために、固い食べ物を子供に与えます。パウロもまた、人々の信仰が、さらに健やかに育まれるようにと、おっぱいに比べれば、固いモノ。理解するのに時間がかかること、犠牲を払わなければ得られないことなどを教えたかったんですね。聖書の教えには、そのように、口にしやすいモノ、固いモノがあるんですね。そして、その両方を食べれるようになってほしいというのが、神様の願いです。

子供の成長のために、食事に気を使う。これは、母親の眼差しではないかと思います。父親の私のほうは、脇で見て居てるだけで、ゆとりがありますので、離乳食のさらに先まで、考えてしまいます。食事は、命の維持や、健やかな成長のためだけにあるのでもありません。離乳食のわが子とは違い、成長を終えてオジサンになった私は、宴会というさらなる食事の素晴らしさを知っています。実際、聖書の他の箇所では、イエス様を信じ、イエス様の教えに従って生きるところには、宴会のような喜びがあると、教えられています。いつの日か、宴席を設けて、息子と共に楽しく、喜ばしい時を過ごしたい。涙を流しながら頑張ってスプーンをくわえる息子を見ながら、そんなことを思っています。

まずは、生き死ににかかわる大切な御言葉。そして、さらなる成長のために必要な御言葉。そして、いつの日か、イエス様を信じ、従うことで受け取ることのできるすばらしい恵みの数々を宴会をするようにして、いっしょに楽しみたい、そのように願っています。このラジオ放送では、色々な固さの聖書のお話がなされます。固く感じるモノもあれば、簡単に喉を通るモノもあるんだと思うんですね。本当は、母親が子供の成長に合わせて、食事の固さを調節するように、そんな手をかけられたらと思うのですが、ラジオではさすがに限界があります。ぜひ、お近くに教会のある方は、そちらを尋ねて頂きたいと思います。そこでは、きっと、パウロがしたように、みなさんの状態に応じて、ふさわしい固さの御言葉の献立を用意して下さることでしょう。

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