どこの教会に行けばいい?

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聖書の言葉

「二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである。」

新約聖書 マタイによる福音書 18章20節

吉田隆によるメッセージ

私は、昨年2014年の4月にこちらに転勤してまいりました。それまでは、20年近く、東北は仙台に住んでおりまして、いくつかの教会で働いてまいりました。関西での生活はまだ慣れないことばかりです。こちらに来て間もない頃、東京に出張に行く時に大阪駅に行ったら「新幹線乗り場が見つからない」とあせってパニックになったこともありました。新幹線の乗り場は大阪駅ではなく新大阪駅ですね。最近、ようやく間違えなくなりました。とにかく、同じ日本ではありますが、驚くこと、感心すること、カルチャーショックを受けることなどたくさんあります。私が担当するこの番組では、そんな楽しい関西ライフを送る中で、考えさせられたこと、気づかされたことなど、皆さんに少しずつお話していけたらなあと思っております。

さて、甲子園に住むんですと言って、甲子園球場に住むのかと思う人は、さすがに東北でもいなかったのですが、甲子園という場所がどこにあるのか分からない人はたくさんいました。西宮市という所にあるのですが、そう言ってもわからないので、「今度、神戸に引っ越すことになりました」と東北を離れる時によく挨拶してまいりました。同じ兵庫県ですし、何と言っても近くの大きくて有名な町ですから、まあ間違いではないだろうと思っていたのです。

ところが、こちらにまいりまして、同じ関西と言っても大阪と神戸はまるで違う。ついでに言えば京都も違う。ショックだったのは、甲子園のある西宮は「神戸ではない」と、神戸の方から言われてしまったことです。もちろん、神戸市ではないことはわかっていましたが、どうやら甲子園のある地域は神戸にも大阪にも属さない「阪神地区」と言われる地域なのだということを学びました。さらに言えば、同じ西宮市でも阪急電車の沿線かJR沿線か、あるいは阪神沿線かでも区別がされている。そんな区別があって、どこに属しているか、どの辺に住んでいるかで、あるイメージが結びついているようなのです。

それとは違うかもしれませんが、私は以前アメリカに住んでいた時のことを思い出しました。アメリカのちょっとした町では、お金持ちが住んでいる場所と貧しい人々が住んでいる場所、治安がいい場所と悪い場所、白人が住んでいる場所と、アフリカ系、スペイン系、はたまたアジア系の人々が住んでいる地域などが分かれていて、それが道一本でガラッと町の雰囲気が変わってしまうというようなことがありました。そのこともショックでしたが、もっとショックだったのは、そのような人々の様々な社会的な立場に応じて、通う教会も分かれているということでした。

もちろん、教会と言っても人が集まる所ですから、確かに、建物や雰囲気の好き嫌いはあるかもしれません。あるいは、牧師さんや集まっている人たちとの相性が合う合わないということも、ひょっとしたらあるかもしれません。けれども、教会にとって大切なことは、そこでちゃんとした聖書のお話がなされているか。そして、その聖書の言葉を信じた人たちがそこで心から礼拝をささげているかどうか。それが大切ではないかと思うのです。どういう場所に建っているか、またどういう人々が集まっているかは二の次三の次のことではないでしょうか。

私が生まれて初めて教会を訪ねたのは、学生の時でした。人間にとって、本当に大切なこと、真実なことを知りたくて、信じたくて、仙台にある教会を探しました。今のようにスマホもネットもありませんし、電話帳も持っていませんでした。ある日のこと、ひょんなことから教会の集会のポスターが目に入って訪ねることにしました。その教会は普通の民家で、少々古びた一軒家でした。十字架もありません。後から聞きましたら、台風で飛んでしまったのだそうです。おそるおそる中に入ってみると、6畳二間を一つにした部屋で30人ほどの人が礼拝に集まっていました。若い人などいません。何が何やらわからないまま礼拝に出ました。けれども、そこにいる人たちが皆真剣に聖書の話を聞いて、一生懸命讃美歌を歌って、祈っている姿を見て、きっとこの教会は本物なのだと感じたのです。中身はほとんどわかりませんでしたけど、何となくここに自分が探してきたものがあるように思えたのです。建物が綺麗で立派だったからでも、たくさんの人がいたからでも、若い人たちが集まっていたからでもなく、そこに本物があると思ったからです。

イエスは言われました。「二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである」と。教会は、目には見えない神様がおられる所です。目には見えませんが、イエス様が私たちを招いてくださる所です。聖書を通して、礼拝を通して、本当の安らぎを与えてくれる所です。もし、今、教会に行こうか迷っておられる方がいらっしゃれば、ぜひ勇気を出して訪ねてみてください。事前に電話をくださってもかまいません。きっと皆さんを歓迎してくださるに違いありません。どんな場所にあろうと、真剣に聖書に学び、礼拝が捧げられている所、そこにイエスも共におられます。

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