絶望から希望へ

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聖書の言葉

それで、そのために思い上がることのないようにと、わたしの身に一つのとげが与えられました。それは、思い上がらないように、わたしを痛めつけるために、サタンから送られた使いです。この使いについて、離れ去らせてくださるように、わたしは三度主に願いました。すると主は、「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」と言われました。だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。それゆえ、わたしは弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあっても、キリストのために満足しています。なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです。

新約聖書 コリントの信徒への手紙二 12章7~10節

吉田謙によるメッセージ

初代教会の最大の伝道者であったパウロという人は、病気になった時に、「これはサタン、即ち悪魔の使いである」と受け止めました。そして、全力でその病と闘い、神様に「このサタンを去らせてくださるようにと三度も祈った」と言われています。つまり、パウロはただ「病を癒して下さい」と神様に祈ったのではなくて、「その病の中に入り込んでいるサタンの働きを過ぎ去らせてください」と祈ったのです。そして、その祈りは聞きあげられました。『わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ』こう主は教えて下さった、と言うのです。結局、病そのものは癒されませんでした。けれども、パウロはその病の中に潜んでいるサタンには打ち勝つことが出来たのです。

ではサタンはどのようにして、その病の中に潜んでいたのでしょうか。ここで言われているパウロの病が何であったのか、確かなことは分かっていません。しかし、おそらくこういう病だったのではないかという有力な説は幾つかあります。一つは泡を吹いてどこでも倒れてしまうような病だったのではないか、というものです。もう一つは目の病気で、彼はほとんど目が見えなかったのではないか、というものです。これらはいずれにしても、伝道者にとっては致命的な病です。いつ泡を吹いて倒れてしまうか分からない、そんな状態では、到底自由に伝道などできません。また目が霞んで見えなければ、聖書を読むことができない。当時は点字聖書などありませんから、いちいち誰かに読んでもらわなければならないのです。これは大変なことであります。「もうお前は伝道者としては致命的な病を負っている。いい加減、諦めたらどうか?!絶望せよ、お前はもう駄目なのだ!」これがサタンの働きかけでした。それに騙されてはいけないのです。神様はこう言われます。「『わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ』あなたが弱い時にこそ、私は働く。私に信頼するように。今こそ私の出番なのだ」と。

サタンの働きとは、私たちから希望を取り上げることです。そして絶望させることです。神様に対する信頼、イエス様に対する信頼を失わせることであります。それがサタンの働きなのです。絶望するということは、神様には、今の自分を救う力がない、そう決め込むということです。つまり神様の力を見くびるということであります。サタンは、様々な暗い現実をちらつかせて、何とかして神様に対する私たちの信頼を打ち崩そうとするのです。

私は牧師として、多くの方からの相談を受けます。時にそれはどうにもならない深刻な問題で、そういう時に私は言葉を失い、何のアドバイスも出来ず、ただ呆然と話を聞くことしか出来ません。何にもしてあげられない。本当に自分の力の無さを思い知らされるのです。けれども、そういう方々のために、私は祈ることができます。また、その方自身も祈ることができる。その苦しみが大きければ大きいほど、その悲しみが深ければ深いほど、自分の力では、もうどうすることも出来ない、そのことが身に染みて分かると思います。その思いが大切なのです。自分の力で藻掻いて苦しんで、どうにもならなくて、そこでもう諦めてしまうのではなくて、自分の力ではどうすることも出来ないからこそ、祈るのです。「イエス様、今、私にはあなたの助けがどうしても必要です。あなたの支えがどうしても必要です。どうぞ、助けて下さい。どうぞ、支えて下さい。とうぞ、立ち上がらせて下さい」信じて祈るのであります。

あなたは、一週間のこの世の戦いの中でボロボロになって、いつの間にか「もう自分は駄目ではないのか」という絶望の思いを引きずっているのかもしれません。しかし日曜日の礼拝は、そんなあなたの心を癒す時です。信仰を回復する時です。礼拝は、自分の意見を述べることを止めて、ただひたすらに神様の御言葉に集中する時です。心の中から、サタンに惑わされた自分の言葉を追い出して、もう一度、神様の恵みの言葉で満たしていただく時であります。もし、今、あなたが八方ふさがりの中で、どうすることもできなくて、サタンの力に誘われ、絶望しかけているならば、もう一度、神様の恵みの言葉で心を満たしていただきましょう。大丈夫です。十字架の死を突き抜けて、死に勝利なさったイエス・キリストが、どんな暗闇の中にあっても私たちと共にいて下さいます。イエス様はある時、こう言われました。「あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている。」ヨハネによる福音書16章33節の御言葉です。「勇気を出しなさい。あなたは揺らぐかもしれないけれども、私は決して揺らぐことがない。今、あなたの信仰を揺さぶっているその悪の力にも、私は既に勝利している。安心しなさい。私が守る。私が共にいる。どんなことがあろうと、私は決してあなたを見捨てない」こう励まして下さいます。そして、この言葉をもって、今日もあなたを送り出して下さるのです。これ以上の慰めの言葉が他にあるでしょうか。この御言葉に信頼して、また新しい一週間も、自分らしく、希望をもって歩み出していただきたいと思います。

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