主の祈り 4

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聖書の言葉

だから、こう祈りなさい。『天におられるわたしたちの父よ、/御名が崇められますように。御国が来ますように。御心が行われますように、/天におけるように地の上にも。』

新約聖書 マタイによる福音書 6章9~10節

吉田謙によるメッセージ

今日は、この「主の祈り」の第三番目の祈り、「御心(みこころ)が行われますように」という祈りについて学びたいと思います。

「御心(みこころ)が行われますように、天におけるように地の上にも。」このように祈りなさい、とイエス様は教えられました。この「御心(みこころ)が行われますように」という祈りは、神様に対する深い信頼を表しています。神様は私を愛し、また人々を愛しておられます。それで私たちは神様の御心(みこころ)が行われることが、人々にとっても、また私自身にとっても、善いことなのだと信じて、この祈りを祈るわけです。もし、神様の御心(みこころ)が、正義を行い、罪人を裁いて滅ぼすことであるならば、私たちは「御心が行われますように」と安心して祈ることは出来ません。罪人であっても赦(ゆる)し、愛し、憐れんで下さる、そういう神様ですから、私たちはこのお方に信頼して、「あなたの御心(みこころ)が実現しますように」と祈ることが出来るのです。

しかし、この祈りには、もう一つの側面があります。私たちは「神様が愛の御心(みこころ)を行って下さるように」と祈るだけではなくて、「その神様の愛の御心(みこころ)を、私が現すことが出来ますように」「私を通して神様の愛の御心(みこころ)が実現しますように」と祈るのです。どこかで誰かを通して神様の御心(みこころ)が行われるというのではなくて、「私を通してその神様の御心(みこころ)が行われますように」と祈るのであります。

神様は、どんなにひどい人間であっても、ガッカリしないで愛することが出来ます。限度なく犠牲を払うことが出来る。これが十字架の愛です。そして神様は、「この同じ種類の愛で、あなた方も全ての人を愛するように」と命じられるのです。これが神様の御心(みこころ)でありましょう。しかし私たちは、すぐにこの神様の愛から、ずれ落ちてしまうのです。学校で、あるいは職場で、あるいは近所付き合いの中で、「コンチクショウ」と思うことがある。「あんな奴の顔など、もう二度と見たくない」そう思うことがあるのです。もう愛するどころか、憎しみが込み上げてくるのであります。「御心(みこころ)が行われますように」と祈るというのは、「そういう私の生活の中で、他でもないこの私を通して、神様の御心(みこころ)が行われますように」と祈るということです。どうしても許せない人のことを覚えながら、「どうか許せる心が与えられますように」と祈るのであります。そういう意味では、この祈りは、決して気軽に祈れる祈りではありません。

しかし、イエス様は、この「主の祈り」の中で「あなた方はこう願ってよいのだ」と私たちを励まして下さいました。そして、この願いを許して下さった神様は、実際に私たちを造りかえて、御心(みこころ)を行わせて下さいます。私も、以前の私と比べると、随分と変わったなぁと、最近、特に思わされています。以前の私なら、自分の思いと違う方向に歩まざるを得なくなった時には、「なんで自分ばかりがこんな辛い目に合わなければならないのか」と呟いてばかりいました。しかし、最近はそれが少しずつ変わってきたのです。つい最近、私は、これまでずっと避けてきた道を、ある時、神様からポンと背中を押されて歩まざるを得なくなりました。これまでの私なら、きっと文句をタラタラ言いながら、仕方なく仕事をこなしていたと思います。けれども、今回はちょっと違っていたんですね。自分でも驚いています。「これは私が願っていた道ではない。それなのに、どうしても歩まざるを得なくなった。つまり、これは神様のご計画なのだから、この先、きっと神様が何か素晴らしいことをして下さるに違いない」そういう思いが湧いてきたのです。すると、この道を歩むこと自体は確かに辛いんですけれども、しかし心には何かワクワク感がある。「神様は私の歩みの中で、いったい何を計画しておられるのだろう。早くそれが知りたい。それが分かるまで、まずは、今、自分に出来る精一杯のことをしよう!」このように前向きに事柄を受けとめることが出来るようになったのです。ある人にとっては、「そんなことはもうとっくの昔に出来ている。何を今更!」と言われるのかもしれません。けれども、私にとってはこれは画期的なことだったんですね。大きな成長であります。このように、神様は私たちを少しずつ少しずつ造りかえて下さいます。皆さんも必ず神様が造りかえて下さるはずです。弱く、罪深く、頑なな心にガッカリしないで、諦めないで、「この私を通して、神様の御心(みこころ)が行われますように」と、確信をもって祈り続けていきたい、そう思うのです。

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