命の日

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聖書の言葉

第七の日には、神は御自分の仕事を完成され、第七の日に、神は御自分の仕事を離れ、安息なさった。この日に神はすべての創造の仕事を離れ、安息なさったので、第七の日を神は祝福し、聖別された。

旧約聖書 創世記 1章2~3節

吉岡契典によるメッセージ

最近息子とよくレゴで遊びます。宇宙船が好きな息子と一緒に、かっこいい宇宙船を作ることがとても楽しく、私も夢中で没頭してしまいます。そしてレゴは、そうやって作っている間も、とても楽しいのですが、それと同様に楽しいのが、作り終わった後です。息子と一緒に作った作品が出来上がると、息子はとても喜んで、レゴの宇宙船を大事に抱えながら、まるでフッと、命を宇宙船に吹き込むようにして、実際に宇宙船が生きているみたいに、プシューッという効果音を自分でつけながら宇宙船を持ち上げて、それをあらゆる角度から眺めるのです。その時息子は、本当にいい笑顔で、その宇宙船を見つめているんです。

そうやって喜ぶ息子を見て思いました。この世界を創造した神様も、フッと、命の息を鼻から吹き入れて、同じように、出来上がったこの世界と私たち人間を見つめながら、(愛すると書いて)愛でてくださったのではないかと。

今朝私たちは、今日のことについて考えたいと思います。今日は日曜日。安息日です。安息日と聞いたら、何を思い浮かべるか。十戒の第四戒。そうですね。安息日と聞いて、顔がぱあっと明るく輝く人は、多分いないと思います。安息日という言葉に、なんだか気が重くなる人もいれば、あまり聞きなれないこの言葉に、頭がクエスチョンマークで支配される人もいるかもしれません。

安息日が生まれたのは、聖書の始めの創世記の創造物語でした。けれどもちょっと考えてみますと、神様が、人間を含めた、天と地の全てを創造されたのが六日目までで、そのあと七日目に安息されたのなら、果たして最後の七日目は必要だったのだろうか、七日目はちょっと余計なのではないかと、思えてくるのですけれども、しかし、ヘブライ語の、安息という言葉、シャバート(שבת)という言葉は、実は「休む」という意味を、あまり強くもっていません。むしろ「神聖にする。際立たせる。専念する。」という意味を持つ言葉です。つまり、神様は安息日に余暇を過ごされたのではなくて、神様は休むどころか、実はこの日に一番大切なことをされたのです。それは、創られた者を祝福するということでした。神様は安息日に、休むどころかほかの事をやめてまでして、私たちを祝福することに専念してくださったのです。

人間は、六日目に造られた存在ですから、言わばこの七日目は初日なのであって、会社で言えば初出勤日と言いますか、そういう日なのですけれども、しかし、初出勤どころか、初日から休みなのです。つまり、何もしていない。「働かざる者食うべからず」などと言われますけれども、人は、まだ何もしていないその時から既に、神様から祝福されるに値する存在なのです。ただ、六日目に神様に造ってもらっただけの、まだ何もしていない人間が、もうそれだけで、七日目の丸一日を神様から取り分けてもらえて、祝福される。素晴らしいと言われて、褒められ、愛でていただける。私たちは、何かを成し遂げることによって、初めて神様の前に価値を持つ者になるのだとか、私たちの行動や何らかの成果が、自分の価値を左右するのだとか、そういうことではなくて、私たち人間は、初めから、何もしないうちから、この存在自体を、神様から愛され、喜ばれています。

レゴで作った宇宙船を、良くできたなー。かっこいいなー。すごいなあー。と言いながら、あらゆる角度から眺める息子を見ていると、私も本当に嬉しい気持ちになって笑顔になってしまうのですが、神様も、まさにそういう眼差しで、私たちの存在自体を喜んで、私たちの存在そのものを見て、「なんて素晴らしいんだ。あなたは大切な存在だ、私はあなたを愛している。」と言ってくださる。安息日の丸一をかけて、それに集中してくださる。安息日には、私たちは、神様のその眼差しの中に憩うことができる。息子の手の中で輝いて動き回る宇宙船にもまさる、生き生きとした命を、そこで新しく吹き込まれる。

創世記の創造物語の中で、創造の六日目までは、一日ごとに「夕べがあり、朝があった」という言葉があり、その言葉によって一日一日が区切られているのですが、安息日の七日目にだけは、その言葉がありません。つまり七日目には、夕べがなく、その日が暮れることがない。安息日に与えられる神様の祝福は、この日から流れ出て、一週間全体を包みます。神様を信じて生きるということは、その祝福の中を生きることです。今日この日曜日、安息日に、私たちが受ける言葉は、あなたは間違っている、あなたはダメだ、あなたは基準に達していない、という言葉ではなくて、あなたのことが大事だ。あなたはとても素晴らしい、という言葉です。そうやって、このままの、ありのままの私たちが祝福され、神様から、フウッと、新しい命と力を吹き入れていただける、命と癒しの日。今日この日曜日がその日であり、今がその時です。

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