弱さを通して

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聖書の言葉

この使いについて、離れ去らせてくださるように、わたしは三度主に願いました。すると主は、「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」と言われました。だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。

新約聖書 コリントの信徒への手紙二 12章8~9節

田村英典によるメッセージ

今朝は「弱さを通して」と題してお話させていただきます。

この手紙を書いた使徒パウロは、鋼のように強い信仰者ですが、その彼の強さの理由は何でしょう。生来の気質以上に、彼が自分の弱さをよく自覚していたために、神の御子イエス・キリストの恵みを一層深く体験していったという点があるように思われます。

実はパウロには、辛い試練がありました。それを彼は「私を痛めつけるために、サタンから送られた使い」とまで言う程ですから、よほど辛い何かの病だったようです。彼は、これを離れ去らせて下さいと、三度、救い主イエス・キリストに願いました。三は、聖書では完全数ですので、これ以上ないくらい、真剣に祈り願った、ということでしょう。

ところが、主イエスは「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」と言われました。これが神の御子キリストの答えだったのでした。パウロは、主の御心として、この病ゆえの弱さを、逃げないで受け入れました。そして、そこに生きることを通して、イエス・キリストの救いの恵みをさらに豊かに体験し、信仰は一層強められていったのでした。

いつもと同じ道を通っていても、目の位置がほんの少し変るだけで、今まで気付かなかったものに気付かされることがあります。物理的な目の位置が変ることで、見える高さや角度が変り、新しい世界が広がる。それと同じように、私たちの心の位置が変ることで、新しく見え、気付かされることが、確かにあります。

そして、私たちの心の位置が変る上で、パウロのように、病やケガ、その他の試練が大きなきっかけとなり、正に「目から鱗が落ちる」という大切な恵みの体験をさせられることが少なくありません。

病のために、苦しみと弱さを長く体験された河野進牧師の「病まなければ」という詩があります。こんな内容です。

「病まなければ、献げ得ない祈りがある

病まなければ、信じ得ない奇跡がある

病まなければ、開き得ない御言葉がある

病まなければ、近づき得ない聖所がある

病まなければ、仰ぎ得ない御顔がある

おお、病まなければ、私は人間でさえもあり得ない。」

親しくさせていただいているある牧師夫妻から、『A7-病が教えてくれたこと-』という本を数年前にいただきました。この本は、14歳でウィルソン病という肝臓に銅が過剰に蓄積する病気を発症され、19歳で余命1年と宣告された女性が、医学的にはあり得ないと言われた25歳の時に書かれたものです。A7とは、彼女がオーストラリアで肝臓移植手術の時に入っておられた病棟の名称です。著者の山本さちこさんは、ご自分のことを大変正直に書いておられ、色々教えられます。終りの方の詩のように書かれた文章から、少し抜粋してご紹介致します。

「あたしは『いいこ』じゃないよ。時々、他の人が病気になればいいと思ってしまうから…。あたしみたいになればいいと思ってしまうから…。自分の望む結果にならない時や悪くなっている時は、自分だけ神様に捨てられた気がする。そして神様に対して、怒ってしまう。そんな自分がいやになる。」

こういう感じで始まりますが、最後は次のような文章で終ります。

「当り前のように太陽が昇り、当り前のように太陽が沈む。雨が降ったり、風が吹いたりする日々。でも、当り前と思っていることは全然当り前じゃなくて、その全てが素晴らしいことだと気付いた。

世の中に『偶然』ということはなく、全てが奇跡に輝いている。生きているってことは、とっても素晴らしい。病気になって良かった。病気になって、辛いことや苦しいこともあるけれど、色々な考えや思いを、神様にもらっているから。どんな時だって、人よりも楽しめることができるから。どんなちっぽけなことだって、感動することができるから。全てが輝いて見えるから。だから、病気になって良かったって思う。」

文の途中に戻って、一箇所だけご紹介致します。

「人間は、だれかのための天使なんだと思う。だれかのために生まれてきた、だれかのために生かされている天使なんだと、あたしは思う。」

如何でしょうか。弱さを受け入れることを通して、彼女がこうまで言えるようになられたことに、私たちも大変大事なことを改めて教えられると思います。

それと同時に、彼女の背後に、神様とまた多くの人の愛と熱い祈りがあった事実も見落とせません。この両方の事を覚えて、私たちも夫々の立場で、それこそ誰かの天使となって、この新しい一週間も神様に与えられた命を精一杯生きていきたいと思います。

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