苦難の意味 その1

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聖書の言葉

神はわたしたちの避けどころ、わたしたちの砦。苦難のとき、必ずそこにいまして助けてくださる。

旧約聖書 詩編 46編2節

吉田実によるメッセージ

私たちは日々の生活の中で、時に様々な苦難を経験いたします。神様がいるならどうしてこんなことが起こるのだろう。どうして私が、こんな目に遭わなければならないのかと、思わずつぶやきたくなることもあるのではないでしょうか。けれども今お読みいたしました詩編の詩人は、そのような苦難のときにこそ神様は必ずそこにいてくださって、わたしたちを助けてくださる、と歌って神様を讃美しています。それは本当でしょうか。神様を信じるなら、どんな苦難もたちどころに解決するのでしょうか。

「神はわたしの避けどころ」、この「避けどころ」という言葉を見ますと、わたしはあの阪神大震災のときの避難所のことを思い出します。当時私はまだ牧師ではなくて、中学校の教師として働いていたのですけれども、私が通っていました教会が、あの震災の直後に周辺の住民の方々を受け入れまして、避難所として用いられました。私が教会にたどり着いたときには、もう既にかなりの方々が礼拝堂の中に避難して暮らし始めていらっしゃいました。それで、昼間は勤めに出て、夜は避難所でボランティアをするという日々がかなり続いたのですけれども、ある晩一人のおじさんがお酒に酔っ払いながら、こんな風に叫ばれたことを今でもはっきりと覚えています。「神様がおるんやったら、なんでこんなことすんねん!神様は何でこんないたずらをすんねん!」こんなふうに大声で叫ぶおじさんに向かって、私はそのとき何も言えなかったのです。「この地震にはこういう意味があって、おじさんの家が全壊したのも、こういう意味があるのですよ。」などと、当たり前ですけれども、そんなことは言えませんでした。苦難の意味は、多くの場合よく分からないのです。けれども、「だから、こんなひどいことが起こる世の中だから、神様なんていないのだ。」と言っても、そこには何の希望もわいてこないのだと思います。生まれながらに重い障害や不治の病を背負っていらっしゃる方々がおられます。幼い子供の命が理不尽な仕方で奪われるというようなこともあります。正直に一生懸命生きている人の努力が報われないで、悪どいことをしている人が成功しているように見えることもあります。「だから、神様なんていないのだ。」そんなふうに考えるなら、一つ一つの苦難には何の意味もありません。ただついてなかっただけです。そこには何の希望も見出すことが出来ないのです。けれども、人は心の奥底では、そんなふうには考えていないのではないかとも思うのです。「神様がいるなら、どうしてこんなことが起こるのか」と叫ぶ、叫ぶことが出来るのは、心の奥底では、逆に神様を求めているから。「神様、立ち上がってください!そして私たちを助けてください!」という願いがあるからこそ、叫ぶことが出来るのではないでしょうか。私が忘れられないことは、避難所となった教会で毎晩礼拝を始めたときに、多くの避難者の方々がそこに参加してくださったことです。救援物資のダンボールに囲まれながら、毎晩御言葉が読まれ語られ、讃美と祈りが捧げられました。多くの方々が心に深い悲しみを抱きながら、「神様がいるなら何故!」と心の中で叫びつつも、そのただ中で、この世界をはるかに超えたお方の存在に目を向けてくださったと思うのです。

詩編の詩人は語ります。「私は決して恐れない地が姿を変え山々が揺らいで海の中に移るとも海の水が騒ぎ、沸きかえりその高ぶるさまに山々が震えるとも」ここで詩人が描いておりますのは、混沌の世界です。動かないものの象徴である山が揺らいで海に移るというような、無秩序で、理不尽な、どうしてこんなことが起こるのか分からない混沌とした世界です。けれどもそこで詩人が見つめておりますのは、なおそのような世界を支配しておられる創造者なる神の姿です。何も無い混沌から秩序を生み出し世界を創造された神様は、どんなに理不尽な混沌とした状況の中からでも、新しいことを始めてくださる。そこからまた新しい、良い創造の業を始めてくださる。このお方が共にいて下さる。私たちの先祖たちに約束をしてくださり、約束どおりに助け導いてくださったお方が、私たちをも助け導いてくださる。そう信じているから、地が姿を変えて、山が海に移るような苦難が襲ってこようとも、私たちは決して恐れないと、詩人は歌っているのです。理屈に合わないような苦難の意味は多くの場合よく分からないのです。そして私たちが思うような仕方ですぐに解決が与えられるとは限らないのです。けれども、この世界と私たちを良いものとして造り、そして完成しようとしてくださっている神様の、私たちの思いをはるかに超えた良いご計画が必ずあると信じて、それらを受け止めてゆくときに、そこから本当に良いことが始まる。そういう希望を常に与えてくださる創造者なる神こそ、私たちの真の避けどころ、真の避難所なのです。

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