『自閉症の僕が飛び跳ねる理由』

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聖書の言葉

神はご自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女に創造された。

旧約聖書 創世記 1章27節

吉田実によるメッセージ

今回は2回にわたりまして、東田直樹さんという現在20歳の自閉症の青年が、中学生の時にお書きになった『自閉症の僕が飛び跳ねる理由』という本の中で書かれた文章をいくつかご紹介したいと思います。

直樹さんはおそらく高機能自閉症なのだと思います。我が家の長男が重度の知的障害を伴う自閉症という障害があるということを以前お話させていただきましたけれども、知的障害を伴わない自閉症のことを高機能自閉症と呼びます。直樹さんは普通に会話をすることはできないのですけれども、訓練の末に文字を書く、あるいはパソコンで打つという仕方で言葉を獲得し、自分自身の気持ちを表現することができるようになりました。そして自閉症の人がどういうふうに物を見て、感じているのか、自閉症の世界をわかりやすく紹介してくださったのです。それが『自閉症の僕が飛び跳ねる理由』という本なのです。

Q&Aの形で色んな問いに直樹さんが答えてくれているのですけれども、たとえば「手のひらをひらひらさせるのはなぜですか?」という質問に対して直樹さんはこう答えていらっしゃいます。「これは、光を気持ちよく目の中に取り込むためです。僕たちの見ている光は、月の光のようにやわらかく優しいものです。そのままだと、直線的に光が目の中に飛び込んでいるので、あまりに光のつぶが見えすぎて、目が痛くなるのです。でも、光を見ないわけにはいきません。光は、僕たちの涙を消してくれるからです。光を見ていると、僕たちはとても幸せなのです。たぶん、降り注ぐ光の分子が大好きなのでしょう。分子が僕たちを慰めてくれます。それは、理屈では説明出来ません。」こういう答えです。自閉症の人たちがよく手のひらをひらひらさせるのは、光の美しさを楽しんでいるからなんですね。彼らはもしかすると、この世界を私たちよりももっと美しく見つめることができる、特別な才能があるのかもしれません。

また、「みんなといるより、ひとりが好きなのですか。」という問いには、こう答えていらっしゃいます。「『いいのよ。ひとりが好きなんだから。』僕たちは、この言葉を何度聞いたことでしょう。人として生まれてきたのに、ひとりぼっちが好きな人がいるなんて、僕には信じられません。僕たちは気にしているのです。自分のせいで他人に迷惑をかけていないか。いやな気持ちにさせていないか。そのために人といるのが辛くなって、ついひとりになろうとするのです。僕たちだって、みんなと一緒がいいのです。だけど、いつもいつも上手くいかなくて、気がついた時にはひとりで過ごすことに慣れてしまいました。ひとりが好きだと言われるたび、僕は仲間はずれにされたような寂しい気持ちになるのです。」こう書いていらっしゃいます。

そう言われればうちの息子も、一人で布団の上でゴロゴロしているのも好きなのですけれども、基本的には家族が一緒にいると落ち着くようです。以前ある外国に家族で旅行をしたときに、息子が勝手に人ごみにまぎれて迷子になりはしまいかと心配したのですけれども、逆に息子はいつも家族が一緒になるようにまとめようとしました。バラバラになると怒るのです。知らない人がいっぱいいる中で、家族がまとまっていないと不安を感じるのだと思います。また、最近発見したことなのですが、今息子と一緒にビーズのストラップ作りを練習しているのですけれども、彼は同じ大きさのビーズを一緒につなぎたがるのです。多分同じ大きさのビーズは家族かお友達なので、バラバラになるとかわいそうなので一緒につないであげたいと思うのでしょう。ですから彼の作るビーズのストラップは左右対称にならなくて不思議な形になってしまうのですけれども、親ばかですが、それはそれでとても面白いのです。

聖書には、神様がこの世界を造られ、人間を造られたときに、「神はご自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女に創造された」と書かれています。つまり、人間はひとりぼっちで生きるのではなくて、違いを持つ者たちが愛し合って協力し合って共に生きるように最初から造られたのであって、それは神のかたちとして造られた人間の本質に関わることなのです。聖書の神様は唯一の神様ですが、ひとりぼっちのさみしい神様ではなくて、三位一体の愛の交わりにおいて満ち足りておられる神様だからです。そんな神様にかたどって造られた人間は、ひとりぼっちはいやなのです。愛し合って、支え合って、共に生きるように最初から造られたのです。みなさんの身の回りにいらっしゃる方々の中にも、もしかすると孤独を愛しているように見える方がいらっしゃるかもしれません。でも、もしかするとその方も、いろんなことを気にしていらっしゃるのかもしれません。今日、日曜礼拝の後に、そういう方のところに訪問してみませんか?そこからきっと、素敵なことが始まると思います。

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